中東呼吸器症候群 (Middle East respiratory syndrome, MERS) :トップ  
石金正裕1) 忽那賢志2) 1) 国立感染症研究所 FETP 2)国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター

概要

疾患のポイント:
  1. 中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome、MERS)とは、2012年にサウジアラビアで初めて確認された新種の中東呼吸器症候群コロナウイルス(Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus、MERS-CoV)(<図表>)により引き起されるウイルス性呼吸器疾患である。2012年9月22日に英国よりWHOに対し、中東へ渡航歴のある重症肺炎患者から後にMERS-CoVが分離されたとの報告があって以来、中東地域に居住または渡航歴のある者、あるいはMERS患者との接触歴のある者においてMERS症例が継続的に報告されている。2015年5月に、中東地域への渡航歴のある韓国人の確定例が報告され、その後7月までに186例のMERS確定例が韓国より報告されたが、2015年12月24日に終息宣言が出された。
  1. 感染経路として、動物からの感染、感染予防策が十分ではない空間(医療機関、救急車内、居住空間など)ではヒト-ヒト感染が報告されているが、中東地域からの報告例では曝露歴が不明なものもある。不顕性感染者の他者への感染性についてはまだ結論が得られていない。また、サウジアラビアのヒトコブラクダからMERS-CoVの遺伝子が検出されており、ヒトコブラクダとの濃厚接触(ラクダ乳の喫食を含む)が感染の契機となると考えられている。感染様式は飛沫感染であり、2015年12月の時点で明らかな空気感染の証拠はないが、MERS-CoVの一部が空気中から発見されたという報告もある[1]
  1. WHOは、国際保健規則(IHR)に基づく対応として、これまでにMERSに関する緊急委員会を2013年7月以降に計10回開催しており、直近の第10回(2015年9月2日開催)では、感染経路についてはこれまで同様、持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はなく、現状は「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」には至っていないが、依然として国際的な拡大が懸念されるとした[2]。また同緊急委員会では、感染予防・感染制御策として、具体的に医療機関でのcapacityの確保、good practiceのための知識やトレーニングの実施、感染者の早期発見の必要性が言及され、調査・研究指針として人や動物に対するワクチンや治療法の開発という勧告が加わった。
  1. 臨床像は、無症状および軽症例から急速性呼吸切迫症候群(ARDS)を来す重症例まである。典型的には、発熱、咳嗽、息切れなどの症状から始まり急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸器管理が必要となる。呼吸器症状以外には、約30%の患者が嘔吐、下痢などの消化器症状を呈した報告がある。MERSの潜伏期間は2~14日(中央値は5日程度)とされる。致命率は30~40%と報告されている。
  1. 診断は地方衛生研究所および国立感染症研究所にてPCR検査を用いて行われる。現時点で、有効性や安全性が確立された治療法は存在せず患者の状態に基づいた対症療法が中心となるが、先行研究の報告では有用性が示唆されるものもあることから、そのような国内未承認または適応外の治療法のうち、検討が必要と考えられる治療法について、対象患者の要件や具体的な投与方法などについて検討することを目的とした研究班が立ち上がった。また、感染予防策としては、確定診断例では原則は隔離を基本とし、飛沫感染の予防を徹底し、また可能な限り空気感染予防を追加する。
  1. なお、MERSは2015年1月21日付けで、感染症法上の2類感染症に追加されており、疾患を疑った場合はただちに届出をする必要がある。アラビア半島または周辺諸国から帰国後14日以内に急性呼吸窮迫症候群(ARDS)・肺炎を認めた場合や、それらの国で医療機関を受診した患者、MERS確定患者やヒトコブラクダと濃厚接触歴がある患者が帰国後発熱や咳などの軽症の症状がみられた場合などはMERSの疑いがあると考える。ただし、MERSの疑いがある患者が医療機関受診して二次感染を起こす可能性を考慮すると、医療機関の受診前にまず保健所に連絡をし、対応を仰ぐことも重要である(下記の「国内対応」参照)。
  1. 中東呼吸器症候群は学校保健安全法で第一種感染症に指定されており、「治癒するまで」を出席停止の期間の基準としている。
 
世界での発生状況:
  1. WHOへ報告されたMERSの検査診断による確定例は、2015年12月30日までに、26カ国より、1,625例(死亡586例:致命率36.1%)となっており(WHO Disease Outbreak Newsに適宜更新情報掲載)<図表>、このうち7割を超える確定例はサウジアラビアから報告されている<図表>。ほとんどの報告患者ではラクダへの曝露歴が不明である。また、複数の院内のアウトブレイク事例において、ヒト-ヒト感染が報告されている。報告国は中東地域(ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イエメン、イラン、レバノン)、アフリカ(エジプト、チュニジア、アルジェリア)、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、英国、オランダ、オーストリア、トルコ)、アジア(マレーシア、フィリピン、タイ、韓国、中国)、北アメリカ(米国)で、中東地域以外の国からの報告例は、すべて中東地域への渡航歴のある者、もしくはその接触者であった。
  1. 中東以外の国で、輸入例を発端とした国内感染事例が報告されているのは、イギリス、フランス、チュニジア、韓国の4カ国である。
 
韓国での発生状況:
  1. 医療機関におけるMERS症例の集積は中東の国(特にサウジアラビア)から継続的に報告されているが、中東以外の国では2013年に英国(計3例)、フランス(計2例)から報告されているのみでいずれも輸入例を発端としていた[3][4]。しかし、2015年5月~7月にかけて、韓国では186例のMERS症例が報告され(中国で診断された1例を含む)<図表>、サウジアラビアに次いで2番目の報告数となった。<図表>
  1. 最初のMERS確定例は68歳男性で、2015年4月18日~5月3日に中東(バーレーン、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタール)に滞在し5月4日に韓国に帰国し、5月11日(帰国7日目)に上気道炎症状を認めた。しかし、この男性は医療機関を受診した際に、渡航歴を適切に伝えておらず、さらに発症してから確定診断がつくまでの10日間に(5月20日に確定診断)計4カ所の医療機関を受診していた。このため、多くの医療従事者や患者らに接触することになり、複数の医療機関でこの男性を発端とした二次感染もしくはそれ以上の感染伝播をもたらすことになり(発端者は直接28例に感染伝播を起こした)、6月8日には6医療機関より計64例が報告され、「持続的なヒト-ヒト感染」の懸念が広がった。
  1. このような状況下、WHOは韓国政府とJoint missionを6月9~13日に実施し、感染拡大の原因について、医療従事者と一般社会におけるMERSに関する知識の欠如、不十分な院内感染対策、混雑した救急外来や多病床の病室でのMERS患者との密接で持続的な接触、ドクターショッピング、多くの見舞客や患者や家族が病室内で感染者と滞在する習慣などを指摘した。また、韓国で分離されたMERS-CoVの遺伝子配列は、中東からの分離株と比較して著しい変異は認めないとして、ウイルス学的にも疫学的にも持続的なヒト-ヒト感染を示す証拠はないとした[5]
  1. 韓国では接触者調査や院内感染対策が強化され、報告数は6月1日をピークとして減少し、最後の新規症例は7月2日に発生した<図表>。韓国政府は7月28日に事実上のMERS終息宣言をしたが、10月12日に、MERSから回復し2度MERS-CoV陰性と判定された35歳男性が、発熱し再びMERS-CoV陽性と判定された。11月25日に、韓国政府はこの症例は基礎疾患である悪性リンパ腫治療中の経過が急激に増悪して死亡したと報告した。この症例からの二次感染の報告はなく、12月24日に韓国政府はWHOの基準(最後の陽性患者のウイルス陰性化から28日後を終息宣言とする)に基づき、終息宣言とした。合計で、12例の無症候例を含む186例(前述の再度陽性となった症例は1例として集計)が確定例と確認された。確定例は全て医療機関およびその関連車両などで発生しており、16の医療機関に広がり、隔離対象者となった接触者は計16,693名にのぼった[6]
  1. 年齢中央値は55歳(範囲:16~87歳)、男性が111例(60%)で、基礎疾患では糖尿病が最多(28%)、次いで悪性疾患(23.1%)であった。医療従事者は39例(21%、死亡例なし)であった。死亡38例(MERSと死亡との因果関係は不明な者を含む、致命率20%)のうち33例(87%)は高齢者、もしくは基礎疾患(悪性腫瘍、心疾患、呼吸器疾患、腎疾患、糖尿病、免疫不全など)を有していた。潜伏期間は6.8日(95%信頼区間:6.3-7.4日)で、患者の95%は発症までに13.5日(95%信頼区間:12.2-14.7日)を、残りの5%の患者は発症までに2.3日(95%信頼区間:2.0-2.5日)を要した。Serial interval (発生源の発症から次の感染者の発症までの間隔)は12.5日(95%信頼区間:11.8-13.2日)であった。スーパースプレッダー(韓国事例では1人で4人以上に感染伝播させた症例と定義)には5例が該当し、感染伝播の83.2%がこの5例との疫学的関連があった。それぞれ、6例、11例、23例、28例、85例に感染伝播を起こした。5例の年齢中央値は41歳(範囲:35-68歳)で、2例のみが基礎疾患(気管支喘息、多発性骨髄腫)を有した[6]
  1. 臨床症状は、発熱138例(74.2%)、筋肉痛47例(25.3%)、咳嗽33例(17.7%)、消化器症状24例(12.9%)、頭痛16例(8.6%)、喀痰14例(7.5%)、呼吸困難10例(5.4%)、咽頭痛8例(4.3%)で、消化器症状が中東からの既報告(20-30%)と比較して頻度が低かった[6]。死亡の危険因子は既存の研究と同様に、高齢と呼吸器疾患を有することで、多変量解析で65歳以上は4.9倍(95%信頼区間:1.9-12.5、p<0.01)、呼吸器疾患は4.9倍(95%信頼区間:1.6-14.7、p<0.01)を示した[6]
 
韓国事例からの教訓:
  1. 隣国の先進国であるMERSの感染拡大は、改めて平時からの感染対策徹底の重要性を示した。例えば、急性感染症患者への渡航歴の確認、医療機関での標準予防策の徹底、患者への咳エチケットの指導、感染管理体制の整備、住民へのリスクコミュニケーションなどである。わが国においても、MERSをはじめ、新興感染症に対する対応を今後も定期的に確認することが重要である[7]
 
MERSの臨床的特徴:
  1. 臨床像は、無症状および軽症例からARDSを来す重症例まである。典型的には、発熱、咳嗽、息切れなどの症状から始まり急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸器管理が必要となる。呼吸器症状以外には、約30%の患者が嘔吐、下痢などの消化器症状を呈した報告がある。MERSの潜伏期間は2~14日(中央値は5日程度)とされる。致命率は30~40%と報告されている[8]
 
MERSの感染が疑われる患者の要件(疑似症・濃厚接触者・その他接触者の定義):
  1. ポイント:
  1. 下記が2016年1月1日時点(2015年9月18日改訂)でのMERSの感染が疑われる患者の要件の言葉の定義である。
  1. MERS疑似症:
  1. 患者が次の1~3のいずれかに該当し、かつ、他の感染症または他の病因によることが明らかでない場合、MERSへの感染が疑われる。ただし、必ずしも次の要件に限定されるものではない。原則的には、1:アラビア半島またはその周辺諸国など感染国から帰国後14日以内にARDS・肺炎を認めた場合と、2:それらの国で医療機関を受診した、MERS確定患者と接触した、もしくはヒトコブラクダと濃厚接触歴がある患者が帰国後発熱や咳などの軽症の症状がみられた場合はMERSの疑似症と考える。
  1. 1:アラビア半島またはその周辺諸国などの感染地域から帰国後14日以内に、38℃以上の発熱および咳を伴う急性呼吸器症状を呈し、臨床的または放射線学的に肺炎、ARDSどの実質性肺病変が疑われる場合
  1. 2:発症前14日以内にそれらの国において、医療機関を受診もしくは訪問した者、MERS であることが確定した者との接触歴がある者、ヒトコブラクダとの濃厚接触歴がある者で発熱を伴う急性呼吸器症状(軽症の場合を含む)を呈する場合
  1. 3:発症前14日以内にそれらの国によらず、MERS が疑われる患者を診察・看護もしくは介護していた者、MERS が疑われる患者と同居(当該患者が入院する病室または病棟に滞在した場合を含む)していた者、MERS が疑われる患者の気道分泌液もしくは体液などの汚染物質に直接触れた者で発熱または急性呼吸器症状(軽症の場合を含む)を呈する場合
  1. MERS濃厚接触者:
1:MERS 患者と同一住所に居住する者
2:必要な感染予防策(手袋、サージカルマスク[またはN95マスク]、眼の防護具、ガウンの装着など)を講じずに、当該患者の診察、処置、搬送等に直接従事した医療関係者、搬送担当者
   3: 症例由来の体液、分泌物(痰など[汗は除く])などに必要な感染予防策なしで接触した者
   4: 手で触れることまたは対面で会話できることが可能な距離(目安として2メートル)で、必要な感染予防策なしで、症例と接触があった者
  1. MERSその他接触者:
1:症例が発病した日以降に症例と同じ病棟に滞在する等の空間を共有する接触があったもののうち、上記の濃厚接触者に該当しないもの
2:必要な感染予防策をした上で確定例や確定例由来の検体と接触した医療関係者や搬送担当者等
  1. 国内でMERS患者に接触した者への対応についてアルゴリズム
 
各臨床症状の頻度:
  1. 来院時の各症状の頻度の報告として、47人のコホート研究では以下のような頻度での症状の発症が報告されている[8]。ほぼ全例で発熱と胸部X線写真の異常を認め、また多くの症例で咳と息切れを認めている。
  1. 発熱(>38℃) - 46人(98%)
  1. 悪寒と戦慄を伴った発熱 - 41人(87%)
  1. 咳 - 39人(83%)(乾性47%、湿性36%)
  1. 息切れ - 34人(72%)
  1. 血痰- 8人(17%)
  1. 咽頭痛 - 10人(21%)
  1. 筋肉痛 - 15人(32%)
  1. 下痢 - 12人(26%)
  1. 嘔吐 - 10人(21%)
  1. 腹痛 - 8人(17%)
  1. 胸痛 - 7人(15%)
  1. 頭痛 - 6人(13%)
  1. 鼻炎 - 2人(4%)
  1. 胸部X線写真の異常 - 47人(100%)(重症から軽症まであり)
 
MERSの確定診断・検査方法:
  1. MERSの確定診断のための検体・検査方法:
  1. 確定診断のための評価方法は、分離・同定による病原体の検出またはPCR法による病原体の遺伝子の検出である。これらの評価のための検体としては、喀痰、気道吸引液、鼻腔吸引液、鼻腔ぬぐい液、咽頭ぬぐい液、肺胞洗浄液、剖検材料を用いることができる。なお、下気道検体の方が上気道検体よりもウイルス量が多いことが知られており検体としての有効性が高い[9][4]
  1. MERSに関するその他の検査:
  1. MERSを疑う患者では、全身症状の評価や肺炎の評価の目的で、血液検査や胸部X線・胸部CT検査による画像評価を行う。
  1. 血液検査では、末梢血や肝逸脱酵素に異常を認めることが多い。上記した47人のコホート研究では、初診時に一部の症例で、血小板減少症(36%)とリンパ球減少(34%) AST上昇(15%)、LDHの上昇(49%)が認められた[8]
  1. 特に胸部X線の異常は多くの症例で認められるため必須の評価であり、ARDSや肺炎に特徴的な肺門部の浸潤影や間質性浸潤を認めることが多い[10]
 
鑑別疾患:
  1. 以下のような疾患がMERSの鑑別疾患となり得るが、感染地域への渡航歴、MERS確定患者との接触歴の確認などからMERSを疑うことが最も重要である。
  1. 呼吸器系ウイルス疾患:
  1. 感冒
  1. インフルエンザ(H5N1インフルエンザ、H7N9インフルエンザなどの鳥インフルエンザを含む)
  1. パラインフルエンザ
  1. アデノウイルス
  1. RSウイルス
  1. ヒトメタニューモウイルス
  1. 重症急性呼吸器症候群(SARS)
  1. 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)
  1. 細菌性肺炎:
  1. 市中肺炎
  1. 院内肺炎
  1. 誤嚥性肺炎
  1. レジオネラ感染症
  1. その他:
  1. 心不全
 
MERSの届出基準:
  1. ポイント:
  1. 下記が2016年1月14日時点での厚生労働省の届け出基準である。
  1. 最新のMERSの届出基準については厚生労働省 「感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について 中東呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属MERSコロナウイルスであるものに限る。)」を参照にしてほしい。
  1. 1:患者(確定例):
  1. 医師は、上記の「臨床的特徴」を有する者について、上記の「感染が疑われる患者の要件」などを満たすことなどからMERSが疑われ、かつ、上記の「確定診断のための検体・検査方法」により、病原体の少なくとも2つの遺伝子領域が確認した場合は、MERSを確定診断し、感染症法の規定により届出をただちに行わなければならない。
  1. 2:無症状病原体保有者:
  1. 医師は、診察した者が下記の「臨床的特徴」を呈していないが、上記の「確定診断のための検体・検査方法」により、病原体の少なくとも2つの遺伝子領域が確認した場合は、MERSの無症状病原体保有者と診断し、感染症法の規定により届出をただちに行わなければならない。
  1. 3:疑似症患者:
  1. 医師は、下記の「臨床的特徴」を有する者について、上記の「感染が疑われる患者の要件」などを満たすことなどからMERSが疑われ、かつ、上記の「確定診断のための検体・検査方法」により、病原体の少なくとも1つの遺伝子領域が確認した場合は、「MERSの疑似症」と診断し、感染症法の規定により届出をただちに行わなければならない。
  1. 4:感染症死亡者の死体:
  1. 医師は、上記の「臨床的特徴」を有する死体について、上記の「感染が疑われる患者の要件」などを満たすことなどからMERSが疑われ、かつ、上記の「確定診断のための検体・検査方法」により、病原体の少なくとも2つの遺伝子領域が確認した場合は、MERSにより死亡したと判断し、感染症法の規定により届出をただちに行わなければならない。
  1. 5:感染症死亡疑い者の死体:
  1. 医師は、下記の「臨床的特徴」を有する死体について、上記の「感染が疑われる患者の要件」などを満たすことなどからMERSにより死亡したと疑われる場合は、感染症法の規定により届出をただちに行わなければならない。
 
疾患の除外:
  1. MERS患者に接触後14日以降経過し無症状の場合は、発症のリスクは少ないものと考えられるが、無症候例の可能性は必ずしも否定できない。
  1. また、MERS-CoV遺伝子が同定されない場合は、一般的にはMERS感染の可能性はないと考えられるが、検出には上気道検体よりも下気道検体が望ましい点には注意が必要である。
 
重症度・予後評価:
  1. 重症化:
  1. 2013年10月までにWHOに報告された161例の解析では軽症例から重症例まで報告されている。全症例の44%が肺炎を発症し、また63%が臓器不全でICUに入院するなどの重症化を来し、ARDSの合併は12.4%に認められた[11]。臓器不全のなかでは特に呼吸器と腎機能障害が多いことが知られている[12]
  1. 致命率:
  1. 致命率に関しては、2015年の12月30日までのWHOの発表では現在のところ1,625例の確定診断例があり、そのうち586例が死亡している(致命率36.1%)。ただし、重症化をしない症例では確定診断のための評価が行われていないことも予想され、致命率に関して更なる研究が必要である。
  1. 重症化の背景因子:
  1. 高齢者および糖尿病、腎不全などの基礎疾患を持つ者での重症化傾向がより高い。また、サウジアラビアでのMERSで入院をした患者の47人のコホート研究では、96%の症例で合併症(糖尿病、腎不全など)を認めており、合併症の有無により重症化のリスクが異なることが想定されている。なお、この研究では68%で糖尿病、49%で慢性腎臓病、34%で高血圧、28%で慢性心疾患、26%で慢性肺疾患の合併を認めていた[13]
  1. 韓国事例における死亡の危険因子は高齢者と呼吸器疾患の基礎疾患をもつことであり、特に65歳以上の高齢者は、8~9倍程度、MERS-CoV感染による死亡のリスクが高かった[6][14]
 
治療:
  1. 現時点で、有効性や安全性が確立された治療法は存在せず、発熱、吐き気、腹痛などの症状を訴える患者ではそれぞれの症状に合わせた対症治療を行う。
  1. これまでの知見では、MERS患者に敗血症が合併する十分なエビデンスはないので、WHOはMERS患者に対する抗菌薬投与は、個々の症例の臨床的判断によるとしており[15]、一部の報告でリバビリンとインターフェロンによる併用療法が、短期間の予後改善の効果を認めているが、長期予後の改善は認めなかった[16][17]。また免疫グロブリン療法(IVIG)の報告例もあるが効果は明らかではなく、またステロイド投与は推奨されていない[15][18]
  1. これらのように先行研究の報告では有用性が示唆されるものもあることから、そのような国内未承認または適応外の治療法のうち、検討が必要と考えられる治療法について、対象患者の要件や具体的な投与方法などについて検討することを目的とした研究班が立ち上がった。
  1. 2015年7月17日に厚生労働省で開催された第2回中東呼吸器症候群(MERS)対策に関する専門家会議 ([http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000091901.html第2回中東呼吸器症候群(MERS)対策に関する専門家会議])で、MERSへの治療に関する研究が議論され、利益がリスクを上回りそうなものとしては回復期の血清、インターフェロン、ロピナビル、モノクローナル/ポリクローナル中和抗体が、評価不十分なデータであるものとしてはリバビリンとインターフェロン併用療法、ニタゾキサニド、ミコフェノール酸(免疫抑制薬)、クロロキン(抗マラリア薬)が、リスクが利益を上回りそうなものとしてはコルチコステロイド、リバビリン単療法、免疫グロブリン療法が挙げられた。(MERSへの治療に関する研究のまとめ)
  1. 2015年8月にMERS-CoVに対するワクチンがサルトラクダで防御免疫を誘導するという研究結果が報告された[19]。ラクダへのワクチン接種で、ヒトへの感染経路の遮断が可能なことも示唆されているが、ヒトに対しての有効性や安全性が確立され使用可能なワクチンは開発されていない。
 
MERS-CoVについて:
  1. MERSコロナウイルスは、一本鎖(+)RNAウイルスのβコロナウイルス属に属するウイルスである。現在のところ3種類のgenotypeが知られている[20][21]
  1. 2012年に中東にて、RT-PCR検査にて存在が確認され、また、ウイルスが分離されたのが初めての報告である[22][23]。現在のところ認められているウイルスはすべて中東のアラビア半島由来である[24]
  1. 2015年に韓国で流行しているMERS-CoVを分離培養と塩基配列解析を実施したところ、既存の中東地域のMERS-CoVと比較して著しい変異は認めないとして韓国での流行の原因としては、MERS-CoVが変異を起こし、感染力が高まっている証拠はないとした[5]
 
MERS-CoVの感染性、感染経路など:
  1. 感染経路として、動物からの感染、感染予防策が十分ではない空間(医療機関、救急車内や居住空間など)ではヒト-ヒト感染が報告されているが、中東地域からの報告例では曝露歴が不明なものも認められる。また、サウジアラビアのヒトコブラクダからMERS-CoVの遺伝子が検出されており、ヒトコブラクダとの濃厚接触(ラクダ乳の喫食を含む)が感染の契機となると考えられている。感染様式は飛沫感染であり、明らかな空気感染の証拠はないが、MERS-CoVの一部が空気中から発見されたという報告もある[1]。宿主因子として、糖尿病、悪性腫瘍などの免疫機能が低下した人は感染に注意がより必要である[25]
  1. 2013年8月現在までに報告された症例情報などを用いた推計によると、940例(95%信頼区間:290-2,200例)の有症状例が存在している可能性があり、少なくとも62%の症例は探知されていないという結果となった。また、対策がなされていれば、ヒト-ヒト感染は持続的とならないといえるが、対策がなされない場合の基本再生産数(RO)は0.8~1.3と推定された[26]
  1. 2013年6月21日までの64症例から計算されたROは、低めの推計値(集団発生内に複数の初感染例を仮定)で0.60(95%信頼区間:0.42–0.80)、高めの推計値(集団発生ごとに1つの初感染例を仮定)で0.69(0.50–0.92)といずれも1.00を下回った。MERSのROは2003年のプレパンデミック段階としてのSARSコロナウイルスのRO 0.80(95%信頼区間:0.54–1.13)よりさらに低いことから、現段階でMERSはパンデミックを起こしがたいと推察されている[27]
  1. 潜伏期間は2~14日(中央値は5日程度)である[28]。感染率に関するサウジアラビアの調査では217の家庭内接触や200を超える医療従事者の接触により、5人の家族と2人の医療従事者が感染の伝播を認めており、4%程度の感染伝播が想定されている[28][29]。また、病初期においては感染性が低い可能性が推察されている[30]
  1. 2012年12月1日から2013年12月1日にサウジアラビアにおいて、15歳以上の生来健康な成人に横断的にMERS血清抗体の有無の評価を行ったところ、ラクダ飼いで15倍(2.3%, p=0.0004)、畜場での労働者で23倍(3.6%, p<0.0001)と抗体陽性率が高かった。また、これらの抗体陽性症例のうちには、明らかな感染源への曝露歴がない症例もあり、より軽症の感染例が感染源となっている可能性が考えられている[31]
  1. サウジアラビアで行われた自然宿主を同定する調査では、ヒトコブラクダの抗体保有率が90%(280/310頭)と非常に高く、数頭から検出されたMERS遺伝子が、ヒトから分離されたものとほぼ同一であったことから、感染源である可能性が指摘されている。また、コウモリからの検体にMERS-CoVと同じ遺伝子配列が見つかったことから、元々のウイルスはコウモリに由来することが予想されている。MERS-CoVはSARS-CoVと比較して種の壁が低いことが考えられる[22][32][33][34][35]
  1. 2015年に日本国内に棲息するヒトコブラクダは約25頭前後と考えられるが、そのうち20頭を調査したところ、すべての個体について、糞や鼻腔ぬぐい液中にMERS-CoV遺伝子を認めなかった[36]。一方、サウジアラビアのヒトコブラクダの研究では、1歳未満のラクダのうち35.3%がMERS-CoVの遺伝子陽性であるが、2歳では96%以上がMERS-CoVに対する抗体を認め、遺伝子陽性は2.9%にまで下がることが知られている。このことより、2歳以上のヒトコブラクダへの接触では人への感染のリスクが低いとされている[37]
 
国内対応:
  1. 中東呼吸器症候群(MERS)は2015年1月21日付けで、感染症法上の2類感染症に追加された。
  1. 2015年5月11日に韓国でMERS輸入例が発生した事例を受け、厚生労働省は6月1日に改めて院内感染対策を徹底すること、MERS疑い患者の発生に関し迅速な情報共有を行うことなどについて都道府県等の衛生主管部局長宛てに協力要請を行った。6月4日には、検疫対応を含む韓国におけるMERSへの対応に関する通知が、6月10日にはMERSの国内発生時の対応に関する通知がなされ、具体的な変更点として、情報提供を求める患者の要件を疑似症の定義とすること、地衛研の結果を待たず疑似症の届け出を提出すること(ただちに入院措置が可能)、感染研ではなく地衛研で陽性だった時点で公表すること(ただちに積極的疫学調査を開始する)が挙げられた。7月5日に報告された患者を最後に韓国において新規患者が報告されず、日本への感染拡大の懸念が極めて低くなったと考えられ、9月18日に検疫対応については韓国に滞在後入国する者に対する対応が取りやめられた。
  1. 最新のMERS 疑い患者が発生した場合の自治体向け暫定的対応フローについては、健感発 0918 第6号「中東呼吸器症候群(MERS)の国内発生時の対応について」を参照。こちらには疑似症・濃厚接触者の定義・対応なども記載されている。
  1. MERSを疑う患者の受診時のフロー:アルゴリズム
  1. 国立感染症研究所による最新のMERSのリスクアセスメントについては、「中東呼吸器症候群(MERS)のリスクアセスメント(2015年7月17日現在)」を参照。
  1. 最新の厚生労働省による中東呼吸器症候群(MERS)に関するQ&Aは、「中東呼吸器症候群(MERS)に関するQ&A 第4版2015年6月25日作成」に公開されており、一般市民より問合せがあった際にこちらを案内してもよい。
  1. 検査に関しては、感染研ウイルス第三部より検査試薬(PCR用プライマー・プローブ、陽性対照など)は各地方衛生研究所および政令指定都市の保健所(計72カ所)、空港検疫所(16カ所)、計88カ所に配布されており、PCR検査は通常地方衛生研究所で行われる1つの遺伝子領域の評価方法と国立感染症研究所にて行われる2つ以上の遺伝子領域の検査方法があり、確定診断には2つ以上の遺伝子領域の確認が必要となる。なお、検体は、「MERSコロナウイルスに係る検査マニュアル」(平成26年5月30日付け検疫所業務管理室事務連絡)に従い搬送する。
  1. 積極的疫学調査にあたっては「中東呼吸器症候群(MERS)に対する積極的疫学調査実施要領(2015年7月10日更新」を参照。
  1. 患者搬送については、「中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)患者搬送における感染対策」、院内感染対策については「中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)に対する院内感染対策」をそれぞれ参照のこと。
  1. 臨床医にとって重要なことは、MERS疑いの症例があればただちに患者にサージカルマスクを着用してもらい個室に隔離し保健所に連絡することである。
 
感染防護、消毒:
  1. 外来では咳エチケットを含む標準予防策を徹底し飛沫感染予防策を行う。疑い患者においては、原則サージカルマスクを着用させる。また、入院患者については、接触感染予防策を追加しさらにエアロゾル発生の可能性が考えられる場合(患者の気道吸引、気管内挿管の処置など)には、空気感染予防策を追加する。空気感染予防策に関しては、具体的には、手指衛生を確実に行うとともに、N95マスク、手袋、眼の防護具(フェイスシールドやゴーグル)、ガウン(適宜エプロン追加)を着用する。また、疾患の重篤性などを考慮すると入院に際しては、陰圧管理できる病室もしくは換気の良好な個室を使用することが望ましい。また、個室が確保できず複数の患者がいる場合は、同じ病室に集めて管理する。
  1. 消毒薬としては、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、0.05 ~0.5w/v% (500~5,000ppm) 次亜塩素酸ナトリウムなどを用いる。ただし、次亜塩素酸ナトリウムを使用する際には、換気や金属部分の劣化に注意する。
 
専門医相談のタイミング:
  1. MERSを疑った際には、全症例ただちに個室に隔離し、第二種感染症指定医療機関への紹介のため保健所に連絡する。患者に接触する際には上記の感染防御策を行うが、MERSは症状が非特異的であるため、症状のみから診断することは困難でありアラビア半島または周辺諸国への渡航歴やそれらの国でのMERS患者への接触歴を確認することが重要である。
 
相談機関:
  1. わが国ではMERSに関する質問のできる窓口として、国立感染症研究所(info@niid.go.jp)が準備されている。

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  • 中東呼吸器症候群 (Middle East respiratory syndrome, MERS)に関する詳細情報
  • 中東呼吸器症候群 (Middle East respiratory syndrome, MERS)に関する画像 (6件)
薬剤監修について:
オーダー内の薬剤用量は日本医科大学付属病院 薬剤部 部長 片山志郎 以下、林太祐、渡邉裕次、井ノ口岳洋、梅田将光による疑義照会のプロセスを実施、疑義照会の対象については著者の方による再確認を実施しております。
※薬剤中分類、用法、同効薬、診療報酬は、エルゼビアが独自に作成した薬剤情報であり、
著者により作成された情報ではありません。
尚、用法は添付文書より、同効薬は、薬剤師監修のもとで作成しております。
※薬剤情報の(適外/適内/⽤量内/⽤量外/㊜)等の表記は、エルゼビアジャパン編集部によって記載日時にレセプトチェックソフトなどで確認し作成しております。ただし、これらの記載は、実際の保険適用の査定において保険適用及び保険適用外と判断されることを保証するものではありません。また、検査薬、輸液、血液製剤、全身麻酔薬、抗癌剤等の薬剤は保険適用の記載の一部を割愛させていただいています。
(詳細はこちらを参照)

MERS 疑い患者が発生した場合の自治体向け暫定的対応フロー
国内でMERS患者に接触した者への対応について
中東呼吸器症候群コロナウイルス(Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus、MERS-CoV)
韓国と中国におけるMERSアウトブレイクの流行曲線
国・地域別MERS症例報告数の流行曲線
国別MERS報告数
著者校正済:2016/03/04
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