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概要・推奨
疾患のポイント:- くも膜下出血とは、くも膜と軟膜の間(くも膜下腔)に出血が生じ、脳脊髄液中に血液が混入した状態である。
- くも膜下出血を来す危険因子としては、多量の飲酒習慣(1週間に150g以上のアルコール摂取)、喫煙習慣、最近の感染症、高血圧保有、脳動脈瘤保有やくも膜下出血の家族歴などが挙げられる。
- なお、未破裂動脈瘤に関しては、別項の「 未破裂動脈瘤 」を参照にしてほしい。
診断: >詳細情報 - ポイント:
- 典型的には、突然起こった今までに経験したことのない激しい頭痛で発症し、頭部CTにてくも膜下腔の高吸収域を確認することで診断が確定する。ただし、典型的でない場合もあるため注意が必要である。
- くも膜下出血の頭部CT:<図表>
- 想起: >詳細情報
- 突然の頭痛や意識障害、めまい、悪心・嘔吐を認めた場合にはくも膜下出血を想起する。多くの場合「突然起こった今までに経験したことのない激しい頭痛」で発症する。特に、脳血管障害が疑われる患者で、突然の頭痛に加えて、比較的若く(40~60歳代)、局所神経症状を欠く場合は、くも膜下出血が疑われる。しかし、軽症である場合や重篤な出血を来す前のごく少量の出血(警告症状)では頭痛が一過性で、めまいや悪心・嘔吐、意識消失が主症状であることもある。動脈瘤が直接動眼神経を圧迫することによる動眼神経麻痺(眼瞼下垂、瞳孔異常、複視)が主症状である場合もある。項部硬直もくも膜下出血の症状としてよく知られているが、発症直後はみられないことも多く注意が必要である。
- 急性頭痛患者におけるくも膜下出血の除外については、近年カナダの研究グループより臨床診断基準が提案されている(Ottawa SAH Rule)。①40歳以上、②頚部痛または項部硬直、③意識消失、④労作時に発症、⑤雷鳴頭痛(短時間にピークに達する)、⑥頚部屈曲制限 ――の6項目すべてに当てはまらなかった急性頭痛患者はすべてくも膜下出血ではなかったと報告されている。逆に考えれば上記のうち一つでも当てはまればくも膜下出血である可能性があると言える。
- 頭部CT検査:
- 診断は、典型例では臨床症状と頭部CT検査でくも膜下腔の高吸収域を検出することにより確定する。なお、CT検査は発症後12~24時間の間での感度はほぼ100%、特異度は98%程度との報告もあるが、時間の経過とともに感度は低下し、2日目で76%、5日目で58%まで低下するとの報告もあることから注意が必要である。
- 脳脊髄液検査:
- 頭部CTで明らかな出血を認めなくても臨床症状からくも膜下出血が疑われる場合には、腰椎穿刺を行い脳脊髄液の性状を確認する必要がある。特に、発症5~7日以後ではCT検査の感度が著明に低下することから、腰椎穿刺の必要性が高まる。脳脊髄液は、発症直後では血性、発症後3~4日経過したものではキサントクロミー様を示す。しかし、腰椎穿刺は頭蓋内圧が亢進している患者では禁忌であり、また穿刺の疼痛が再出血の誘引になる可能性もあることから、その適応は慎重に判断し、施行に際しては十分な鎮痛・鎮静下に行う。頭部CTでくも膜下出血と診断された場合には腰椎穿刺は行わない。
- MRI検査:
- MRIによるくも膜下出血の診断は、CTと比較して特に急性期の診断率において劣るとされており優先される検査ではない。しかし、撮影法(FLAIR、gradient T2*画像など)によっては改善が期待でき、特に微小な出血や亜急性期・慢性期の診断においては有用である。また、同時にMRAで脳動脈瘤の診断が可能であることも長所として挙げられる。
疾患の除外: >詳細情報 - 頭部CTやMRIで有意な所見がなく、腰椎穿刺で正常な脳脊髄液が確認された場合には、くも膜下出血は除外される。
くも膜下出血の原因:- くも膜下出血はその原因により外傷性と非外傷性(特発性)に大別される。頻度的には外傷性のものが多いが、外傷性くも膜下出血は脳挫傷からの出血がくも膜下腔に流入し血腫を形成したもので、くも膜下出血の程度としては軽度であることが多い。
- くも膜下出血の原因:<図表>
- くも膜下出血の頭部CT:<図表>
- 非外傷性のくも膜下出血の原因としては脳動脈瘤の破裂がもっとも多く、その約70~80%を占める。くも膜下腔を走行する脳主幹動脈に発生した脳動脈瘤が破裂し、くも膜下腔に血腫を形成する。脳動脈瘤破裂以外の原因として、動静脈奇形、もやもや病、頭蓋内腫瘍、出血傾向、血管炎、アンフェタミンやコカインなどの違法薬剤の使用などが挙げられる。
- 脳動脈瘤の形成原因には諸説があり、血行力学的因子、脳動脈における中膜欠損や弾性板の脆弱化、動脈硬化、動脈内コラーゲンの減少などが挙げられる。家族性脳動脈瘤(2親等以内)は4~10%に認めるとされているが、典型的な遺伝様式は無く、遺伝的要因と環境因子がともに関与するものと考えられる。また、脳動脈瘤を合併しやすい遺伝性疾患としてはEhlers-Danlos症候群(type Ⅳ)、常染色体優性遺伝であるpolycystic kidney disease、マルファン症候群、弾性繊維性偽性黄色腫などが知られている。
中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血(Perimesencephalic nonaneurysmal SAH):- 中脳周囲くも膜下出血(perimesencephalic SAH)は、1985年にvan Gijnらによって報告された特徴的なくも膜下出血の一型である。CT上の特徴は、中脳周囲槽、とくに中脳の直前に血腫の中心があり、外側シルビウス裂や前半球間裂には血腫を認めないことが挙げられる。perimesencephalic SAH はCT上の血腫の分布により定義されるが、その中で出血源としての脳動脈瘤が同定されないものをPerimesencephalic nonaneurysmal SAH(中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血)と呼ぶ。
- Perimesencephalic nonaneurysmal SAH(中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血):<図表>
- 原因は明らかではなく、拡張静脈や静脈奇形、潜在性動静脈奇形などを疑う意見もあるがコンセンサスは得られていない。症状としては頭痛が最も多い。典型例での臨床経過は良好であり、入院時には頭痛も軽減していることが多く再出血や遅発性脳血管攣縮も見られない。しかし、椎骨脳底動脈系の脳動脈瘤破裂のうち7~17%ではCT上perimesencephalic SAHの所見を認め、また、CT上perimesencephalic SAHの所見を認めたものの3~9%では椎骨脳底動脈系に破裂脳動脈瘤が発見されると報告されており、診断においては注意が必要である。
脳動脈瘤の診断:- くも膜下出血と診断された場合、出血源としての脳動脈瘤の診断を行う必要がある。脳動脈瘤の検出には多くの場合脳血管造影検査(digital subtraction angiography; DSA)が行われる。CTでの血腫の分布などから動脈瘤の存在部位が推定できる場合もあるが、多発性脳動脈瘤である可能性も考慮して全血管を検査する必要がある。ただし、初回DSAでの出血源同定率は60~80%とされており、出血源が同定できなかった場合には再度DSAなどの検査を反復し、動脈瘤の有無を再検する必要がある。なお、くも膜下出血患者のDSAにおける神経学的合併症は1.8%程度であるが、くも膜下出血発症後6時間以内のDSA中の再破裂率は4.8%との報告があり、この時点での再出血は予後不良との報告がある。
- 脳血管造影(DSA):<図表>
- また、3次元CTアンギオグラフィー(3D-CTA)による動脈瘤の診断も普及してきている。最近の多列検出器型CT(multi-detector CT; MDCT )を用いた3D-CTAでは脳動脈瘤の80~90%以上を診断できるといわれ、脳動脈瘤周囲の血管の立体的構成の把握に適している。特に最近では3D-CTアンギオグラフィーによる脳動脈瘤の検出能はDSAとほぼ同等であるとの報告や、外科手術を行ううえでの情報がDSAより勝っているとの報告もある。問題として微小な動脈瘤の診断能、撮影条件や画像再構成による画質の変化が指摘されているものの、脳血管造影に比して低侵襲であり短時間で行えることから今後さらに普及すると考えられる。
- 3次元CTアンギオグラフィー(3D-CTA):<図表>
- MRアンギオグラフィー(MRA)は、高い検出率に加えて低侵襲であるため脳ドックにおけるスクリーニングとして汎用されている。しかし、3D-CTアンギオグラフィーに比べやや劣る診断能とされ、手術に関する情報に欠けることや、異なる医師による診断一致率もDSAに劣るため、まず優先される検査とはいえない。
重症度評価: >詳細情報 - くも膜下出血患者の予後は発症時の重症度により大きく左右される。したがってくも膜下出血と診断された場合には臨床的重症度を判定する必要がある。臨床的重症度の分類法にはHunt and Hess の分類、Hunt and Kosnikの分類および世界脳神経外科連合(World Federation of Neurosurgical Societies; WFNS)による分類がよく用いられる。WFNS分類には別途Glasgow coma scale(GCS)により意識レベルを評価し、その点数(GCSスコア)を用いる必要がある。最近では患者の治療成績に基づいた新分類も提唱されているが一般的にはなっていない。 臨床的重症度は転帰に強く関連し、一般にグレードが高いほど予後不良である。
- また、治療開始前の臨床的重症度は治療方針を決定する際の重要な因子である。くも膜下出血の診療においては脳動脈瘤の再破裂予防がきわめて重要であり、再出血予防処置としては外科的治療(開頭クリッピング術など)あるいは血管内治療(瘤内塞栓術など)が行われる。いずれの治療法においても急性期の適応決定は、臨床的重症度に、年齢、合併症、再出血予防処置の難易度などの要素を加えて総合的に判断される。
- Hunt and Hessの重症度分類(1968):<図表>
- Hunt and Kosnikの重症度分類(1974):<図表>
- 世界脳神経外科連合(WFNS)による重症度分類(1983):<図表>
予後: >詳細情報 - くも膜下出血の死亡率は10~67%と報告されおり、とくに大量の脳室内出血や脳内血腫を合併した例では死亡率が高い。各報告による差は患者構成の相違によると考えられる。海外ではくも膜下出血患者の約40%は予後不良であり、また、専門施設での治療を受けていない例が約20%に達するとの報告もある。眼底出血はくも膜下出血患者の20%弱にみられ、これらの症例では重症度も有意に高いことが指摘されている。長期成績の検討では、くも膜下出血患者は破裂脳動脈瘤の治療が順調に行われた以降の死亡例も多く、脳血管疾患や心血管疾患がその原因であったと報告されている。
- 経過中に予後を悪化させる因子としては、再出血と遅発性脳血管攣縮が重要である。とくに再出血は高率に予後を悪化させ、初回出血重症例と再出血例で予後不良例の3分の2を占めるとされている。したがって再出血予防はくも膜下出血診療において最も重要である。その他、予後に影響を与える因子としては高齢、高血圧症、脳血管障害の既往、動脈硬化症、アルコール摂取などが挙げられる。また、発症1週間以内に内科的合併症(特に呼吸器合併症)を発症する頻度も高く、これらが死につながることも多いため合併症対策も重要な課題である。
治療: >詳細情報 - ポイント:
- くも膜下出血の初期治療の目的は再出血の予防と頭蓋内圧の管理および全身状態の改善である。重症例では必要な救命処置や呼吸と循環の管理をまず行う。
- 頭蓋内圧の管理および全身状態の改善:
- 重症例では必要な救命処置や呼吸と循環の管理をまず行う。
- 十分な鎮痛、鎮静と積極的な降圧が必要である(160mmHg以下を推奨)。ただし、不用意な降圧は頭蓋内圧が亢進している場合には脳潅流圧低下による脳虚血を来す恐れがあるため注意が必要である。
- 重症例においては、脳潅流圧を保ち、脳循環を維持することが重要である。頭蓋内圧亢進を呈する場合には高浸透圧利尿薬を投与し、頭蓋内圧亢進の原因として脳内血腫や急性水頭症がある場合には、血腫除去術や脳室ドレナージ術を考慮する。
- トラネキサム酸などの抗線溶薬は再出血を減少させる反面、脳虚血合併症を増加させることが報告されており、常時使用することは勧められない。しかし、外科的破裂予防処置までの短時間の投与であれば脳虚血合併症を増加させることなく再出血を減少させられるとの報告もあり、症例に応じて投与を考慮する。
- 痙攣は再出血の原因となり得るため、痙攣を認めた場合には抗痙攣薬を投与する。痙攣発作のない患者に対する抗痙攣薬の予防投与については有用性が明らかではない。
- 急性期に合併する全身病態として重要なものは、交感神経系緊張による心肺合併症である。しばしば心電図異常がみられ、多くの場合自然軽快するが、致死的不整脈を引き起こす可能性もある。また、たこつぼ型心筋症などにより心機能不全を来す場合もあり注意が必要である。重症例では神経原性肺水腫も合併しやすく、人工呼吸器による呼吸管理を要することもある。
- 再出血の予防: >詳細情報
- 再出血はくも膜下出血における最大の予後不良因子であり、発症早期、特に発症24時間以内に多いとされる。したがって、初期治療の最大の目的は再出血の予防にある。
- 破裂脳動脈瘤を保存的に治療すると、最初の1カ月で20~30%が再出血し転帰を悪化させるため、再出血の予防はきわめて重要である。再出血予防処置としては、開頭によるクリッピング術などの外科的治療と、開頭を要しない瘤内塞栓術などの血管内治療がある。これらの再出血予防処置を行うにあたっては、前述の臨床重症度(WFNS分類、Hunt and Hess分類、Hunt and Kosnik分類)、脳動脈瘤の部位や形状、治療の難度、年齢、合併症などを総合的に判断して治療方針をたてる。
- 臨床重症度分類で重症でない例(重症度分類のgradeⅠ~Ⅲ)では、年齢や合併症の制限がない限り早期(発症72時間以内)に再出血予防処置を行う。
- 比較的重症例(重症度分類のgradeⅣ)では、患者の年齢、動脈瘤の部位などを考え、再出血予防処置の適応の有無を判断する。
- 最重症例(重症度分類のgradeⅤ)では、急性期の再出血予防処置の適応は乏しいとされる。しかし、重症例(重症度分類のgrade Ⅳ、Ⅴ)では急性期の再出血が軽症例より明らかに多いことから、重症例でも急性期の手術を勧める意見もある。また、くも膜下出血発症直後に重度の意識障害を認めた場合でも短時間で回復することがあるため、重傷度の評価と治療の適応については慎重な判断が必要である。
- 再出血予防処置の適応がない場合には、原則として保存的治療を行う。保存的治療中に状態の改善がみられた場合には、再出血予防処置を考慮する。
- 前述のとおり破裂脳動脈瘤の再出血予防処置としては、外科的治療もしくは血管内治療のいずれかを行う。従来わが国における再出血予防処置の多くは外科的治療であったが、近年では血管内治療が増加している。近年の両者を比較した欧米における大規模試験では、外科的治療と血管内治療のいずれも可能とされた破裂脳動脈瘤患者における治療後1年での無障害生存率は、血管内治療群で有意に高かった。したがって血管内治療が可能と判断された場合には、再出血予防処置として血管内治療も考慮する必要がある。しかし、長期成績では有意な差がみられなかったとする報告や、血管内治療のほうがやや再出血が多かったとする報告もあり、実際には症例ごとに外科治療と血管内治療それぞれの専門的見地から、患者および動脈瘤の所見を総合的に判断し治療法を決定することが必要である。
遅発性脳血管攣縮:- くも膜下出血後遅発性脳血管攣縮は、くも膜下出血後第4~14病日にウイリス動脈輪を中心とした脳主幹動脈に生じる遅発性かつ可逆的な血管狭窄である。多くは2~4週間持続した後に徐々に回復する。脳血管攣縮により遅発性の虚血性神経症状を呈すると、攣縮が改善しても脳梗塞による神経脱落症状を遺残することも少なくない。管理上重要なことは予防と早期診断・治療である。
- くも膜下出血後遅発性脳血管攣縮:<図表>
- 遅発性脳血管攣縮の診断:
- 早期診断には、発症時の血腫量やその分布を把握し、意識レベルや出現し得る神経学的所見を頻回に確認する必要がある。ヘマトクリット値、電解質、血清脳ナトリウム利尿ペプチド(BNP値)、血圧、体温などの血液学的・理学的所見も脳血管攣縮の病態把握に有用である。
- 脳血管攣縮診断における非侵襲的補助検査としては、経頭蓋的ドプラー検査(Transcranial Doppler sonography; TCD)が有用である。発症後早期から連日中大脳動脈水平部の血流速度を測定し、平均血流速度が120~150cm/秒以上の場合、あるいは1日に50cm/秒以上の増加があった場合、高度の脳血管攣縮の発生が示唆される。脳血管攣縮の確定診断は脳血管造影によって行われる。
- 遅発性脳血管攣縮に対する治療:
- 再出血予防処置が終了した後には、早期より遅発性脳血管攣縮に対する治療を行う。 >詳細情報
- 脳血管攣縮の重症度とクモ膜下腔の血腫量の間には相関があると考えられており、早期開頭術では可及的な血腫の洗浄・除去や、脳槽ドレナージによる血腫の排出が考慮される。血管内治療を行った場合もスパイナルドレナージにて積極的に血腫の排除を行うことが勧められる。
- 全身薬物治療としては、Rhoキナーゼ阻害薬である塩酸ファスジルの静脈内投与や、トロンボキサンA2合成酵素阻害薬であるオザグレルナトリウム投与を行う。いずれも再出血予防処置後早期に開始し2週間継続する。頭蓋内出血などの合併症に注意が必要である。シロスタゾールの経口投与を考慮してもよい。海外ではカルシウム拮抗薬であるニモジピンの有効性が報告されているが、わが国では未承認である。わが国で発売されている他のカルシウム拮抗薬(塩酸ニカルジピンなど)では明らかな有効性は示されていない。エンドセリン受容体拮抗薬であるクラゾセンタンの有用性も報告されているが、わが国では未承認(治験中)である。その他、プラバスタチン、シンバスタチン、エダラボンなどの有効性の報告もあるがコンセンサスは得られていない。
- 全身循環改善療法としては、以前は循環血液量増加(hypervolemia)・血液希釈(hemodilution)・人為的高血圧(hypertension)療法からなるtriple H療法が有効とされてきた。しかし、本法は自己調節能が破綻した攣縮血管における脳循環の改善には有用であるが、脳血管攣縮の発生自体を予防する効果は低いとされ、また、輸液負荷による心不全や肺水腫のリスクもあることから、現在では脳血管攣縮の予防治療としては勧められない。ただし脳血管攣縮発生時には、攣縮血管の灌流領域における血流改善の目的で行うことを考慮してもよいと思われる。他に、循環血液量は正常に保ったまま(normovolemia)心機能を増強させることにより脳循環を維持しようとするhyperdynamic 療法が行われる場合もある。循環管理についての明確な指針は存在しないが、少なくとも循環血液量低下(hypovolemia)を回避する必要があると考えられる。
- 内科的治療で対処困難な場合には血管内治療を考慮する。脳血管攣縮に対する血管内治療としては、血管拡張剤の選択的動注療法と経皮的血管形成術(PTA)がある。塩酸パパベリンの動注療法は、攣縮血管の拡張に有効であるが、効果時間が短いため繰り返し行う必要があることが指摘されている。最近では塩酸ファスジルの動注(適用外使用)が多く行われるようになってきており、有効との報告がある。塩酸ファスジル動注の際には痙攣に注意が必要である。PTAは、機械的血管拡張により、脳血流および臨床症状の改善が期待できる。塩酸パパベリン動注療法との比較では、PTAがより効果的かつ持続的と報告されているが、血管解離などの合併症の危険性もあり慎重に行う必要がある。
専門医相談のタイミング: >詳細情報 - くも膜下出血の急性期治療には高い専門性が要求されるため、速やかに専門施設に紹介・搬送する必要がある。
- 転送に際しては、再出血予防のため十分な鎮痛、鎮静、降圧を行い、場合によっては抗線溶療法や抗痙攣薬の投与も行う。
- くも膜下出血の診断が確定していなくても、症状などからくも膜下出血が疑われる場合には、専門施設への紹介・搬送を考慮すべきである。
臨床のポイント:- 今までに経験したことのない激しい頭痛が突然起こったらくも膜下出血を疑う必要がある。
- くも膜下出血が疑われた場合には、直ちに頭部CT検査を行う必要がある。
- くも膜下出血と診断したら、直ちに脳神経外科医にコンサルトする。
- くも膜下出血の初期診療で最も重要なことは再出血の予防である。
- 再出血予防処置としてはクリッピング術などの外科治療とコイル塞栓術などの血管内治療がある。
検査・処方例
※選定されている評価・治療は一例です。症状・病態に応じて適宜変更してください。
■診断のための検査
- くも膜下出血は多くの場合「突然起こった今までに経験したことのない激しい頭痛」で発症する。
- 突然の頭痛に加えて、比較的若く、局所神経症状を欠く場合にはくも膜下出血が強く疑われる。
- 頭部CTでのくも膜下出血の診断率は発症後24時間以内であれば90%以上であるが、時間の経過とともに低下する。
- 頭部CTが陰性でも症状から疑われる場合には、腰椎穿刺を行い脳脊髄液の性状を確認する必要がある。頭部CTでくも膜下出血と診断された場合には腰椎穿刺は行わない。
- 微小な出血や亜急性期・慢性期の診断においてはMRIも有用である。
○ くも膜下出血を疑った場合1)を考慮する。CTにて出血を認めない場合は2)3)を考慮する。
1)
頭部CT
2)
髄液検査(外観、初圧、細胞数、糖、蛋白)
3)
頭部MRI
■初診時全身評価例
- くも膜下出血と診断された場合は、鎮静・鎮痛・降圧後、CT angiographyや脳血管造影検査で出血源を検索する。
- また、くも膜下出血は脳だけではなく心・肺を含めた全身臓器にも強い影響を与える。
- そのため、血液検査や心電図、胸部X線検査などでも種々の異常が認められることがあり、それらに対する治療も初期治療として重要である。
○ 初診時の検査として、下記を病態に合わせて適宜行う。
■初期治療(鎮静・鎮痛・降圧)例
- 診断後は、十分な鎮静・鎮痛・降圧を行い、再出血を予防する必要がある。
- 筆者らの施設では、確定診断後速やかにプロポフォール、ニカルジピン、ブプレノルフィン投与下に気管挿管を行い、厳重な鎮静および呼吸循環管理を開始することで再出血を予防している。
- 引き続き、頭部CT angiographyや脳血管造影検査を行い、出血源となる動脈瘤を確認した後に、脳動脈瘤頚部クリッピング術や瘤内コイル塞栓術などの再出血予防処置を行う。
- 脳動脈瘤頚部クリッピング術の手術顕微鏡画像:<図表>
○ 診断後、下記を症状・病態に合わせて適宜用いる。
1)
ペルジピン注射液[2mg] 10~30μg/kgを静脈内投与し目的値まで降圧、その後0.5μg/kg/分から持続静注を開始し、0.5~6μg/kg/分で維持 [くも膜下出血は適用外/他適用用量内/㊜高血圧性緊急症](編集部注:想定する適用病名「くも膜下出血」/2015年11月)
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2)
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3)
レペタン注[0.2mg] 1アンプル 静注 [くも膜下出血は適用外/他適用用量内/㊜術後疼痛]
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4)
ガスター注射液[20mg] 1アンプル 静注 [くも膜下出血は適用外/他適用用量内/㊜出血性胃潰瘍]
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■遅発性脳血管攣縮予防例
- くも膜下出血においては、発症後2週間を急性期と呼ぶことが多い。この間には遅発性脳血管攣縮が発生する可能性があり、再出血予防処置が終了していたとしても安心はできない。
- 遅発性脳血管攣縮は、くも膜下出血発症後4~14日に発生する脳主幹動脈内腔の狭小化である。
- 脳血管攣縮予防のためには、抗攣縮薬(塩酸ファスジル)や抗血小板薬(オザグレルNa)などが投与される。
○ 遅発性脳血管攣縮目的で、下記の薬剤を適宜用いる。
1)
エリル点滴静注液30mg[30.8mg2mL](塩酸ファスジル) 1回30mg 1日3回 30分間で点滴静注 [適用内/用量内/㊜くも膜下出血](編集部注:想定する適用病名「くも膜下出血」/2015年11月)
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2)
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3)
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疾患のポイント:
- くも膜下出血とは、くも膜と軟膜の間(くも膜下腔)に出血が生じ、脳脊髄液中に血液が混入した状態である。
- くも膜下出血を来す危険因子としては、多量の飲酒習慣(1週間に150g以上のアルコール摂取)、喫煙習慣、最近の感染症、高血圧保有、脳動脈瘤保有やくも膜下出血の家族歴などが挙げられる。
- なお、未破裂動脈瘤に関しては、別項の「 未破裂動脈瘤 」を参照にしてほしい。
診断: >詳細情報
- ポイント:
- 典型的には、突然起こった今までに経験したことのない激しい頭痛で発症し、頭部CTにてくも膜下腔の高吸収域を確認することで診断が確定する。ただし、典型的でない場合もあるため注意が必要である。
- くも膜下出血の頭部CT:<図表>
- 想起: >詳細情報
- 突然の頭痛や意識障害、めまい、悪心・嘔吐を認めた場合にはくも膜下出血を想起する。多くの場合「突然起こった今までに経験したことのない激しい頭痛」で発症する。特に、脳血管障害が疑われる患者で、突然の頭痛に加えて、比較的若く(40~60歳代)、局所神経症状を欠く場合は、くも膜下出血が疑われる。しかし、軽症である場合や重篤な出血を来す前のごく少量の出血(警告症状)では頭痛が一過性で、めまいや悪心・嘔吐、意識消失が主症状であることもある。動脈瘤が直接動眼神経を圧迫することによる動眼神経麻痺(眼瞼下垂、瞳孔異常、複視)が主症状である場合もある。項部硬直もくも膜下出血の症状としてよく知られているが、発症直後はみられないことも多く注意が必要である。
- 急性頭痛患者におけるくも膜下出血の除外については、近年カナダの研究グループより臨床診断基準が提案されている(Ottawa SAH Rule)。①40歳以上、②頚部痛または項部硬直、③意識消失、④労作時に発症、⑤雷鳴頭痛(短時間にピークに達する)、⑥頚部屈曲制限 ――の6項目すべてに当てはまらなかった急性頭痛患者はすべてくも膜下出血ではなかったと報告されている。逆に考えれば上記のうち一つでも当てはまればくも膜下出血である可能性があると言える。
- 頭部CT検査:
- 診断は、典型例では臨床症状と頭部CT検査でくも膜下腔の高吸収域を検出することにより確定する。なお、CT検査は発症後12~24時間の間での感度はほぼ100%、特異度は98%程度との報告もあるが、時間の経過とともに感度は低下し、2日目で76%、5日目で58%まで低下するとの報告もあることから注意が必要である。
- 脳脊髄液検査:
- 頭部CTで明らかな出血を認めなくても臨床症状からくも膜下出血が疑われる場合には、腰椎穿刺を行い脳脊髄液の性状を確認する必要がある。特に、発症5~7日以後ではCT検査の感度が著明に低下することから、腰椎穿刺の必要性が高まる。脳脊髄液は、発症直後では血性、発症後3~4日経過したものではキサントクロミー様を示す。しかし、腰椎穿刺は頭蓋内圧が亢進している患者では禁忌であり、また穿刺の疼痛が再出血の誘引になる可能性もあることから、その適応は慎重に判断し、施行に際しては十分な鎮痛・鎮静下に行う。頭部CTでくも膜下出血と診断された場合には腰椎穿刺は行わない。
- MRI検査:
- MRIによるくも膜下出血の診断は、CTと比較して特に急性期の診断率において劣るとされており優先される検査ではない。しかし、撮影法(FLAIR、gradient T2*画像など)によっては改善が期待でき、特に微小な出血や亜急性期・慢性期の診断においては有用である。また、同時にMRAで脳動脈瘤の診断が可能であることも長所として挙げられる。
疾患の除外: >詳細情報
- 頭部CTやMRIで有意な所見がなく、腰椎穿刺で正常な脳脊髄液が確認された場合には、くも膜下出血は除外される。
くも膜下出血の原因:
- くも膜下出血はその原因により外傷性と非外傷性(特発性)に大別される。頻度的には外傷性のものが多いが、外傷性くも膜下出血は脳挫傷からの出血がくも膜下腔に流入し血腫を形成したもので、くも膜下出血の程度としては軽度であることが多い。
- くも膜下出血の原因:<図表>
- くも膜下出血の頭部CT:<図表>
- 非外傷性のくも膜下出血の原因としては脳動脈瘤の破裂がもっとも多く、その約70~80%を占める。くも膜下腔を走行する脳主幹動脈に発生した脳動脈瘤が破裂し、くも膜下腔に血腫を形成する。脳動脈瘤破裂以外の原因として、動静脈奇形、もやもや病、頭蓋内腫瘍、出血傾向、血管炎、アンフェタミンやコカインなどの違法薬剤の使用などが挙げられる。
- 脳動脈瘤の形成原因には諸説があり、血行力学的因子、脳動脈における中膜欠損や弾性板の脆弱化、動脈硬化、動脈内コラーゲンの減少などが挙げられる。家族性脳動脈瘤(2親等以内)は4~10%に認めるとされているが、典型的な遺伝様式は無く、遺伝的要因と環境因子がともに関与するものと考えられる。また、脳動脈瘤を合併しやすい遺伝性疾患としてはEhlers-Danlos症候群(type Ⅳ)、常染色体優性遺伝であるpolycystic kidney disease、マルファン症候群、弾性繊維性偽性黄色腫などが知られている。
中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血(Perimesencephalic nonaneurysmal SAH):
- 中脳周囲くも膜下出血(perimesencephalic SAH)は、1985年にvan Gijnらによって報告された特徴的なくも膜下出血の一型である。CT上の特徴は、中脳周囲槽、とくに中脳の直前に血腫の中心があり、外側シルビウス裂や前半球間裂には血腫を認めないことが挙げられる。perimesencephalic SAH はCT上の血腫の分布により定義されるが、その中で出血源としての脳動脈瘤が同定されないものをPerimesencephalic nonaneurysmal SAH(中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血)と呼ぶ。
- Perimesencephalic nonaneurysmal SAH(中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血):<図表>
- 原因は明らかではなく、拡張静脈や静脈奇形、潜在性動静脈奇形などを疑う意見もあるがコンセンサスは得られていない。症状としては頭痛が最も多い。典型例での臨床経過は良好であり、入院時には頭痛も軽減していることが多く再出血や遅発性脳血管攣縮も見られない。しかし、椎骨脳底動脈系の脳動脈瘤破裂のうち7~17%ではCT上perimesencephalic SAHの所見を認め、また、CT上perimesencephalic SAHの所見を認めたものの3~9%では椎骨脳底動脈系に破裂脳動脈瘤が発見されると報告されており、診断においては注意が必要である。
脳動脈瘤の診断:
- くも膜下出血と診断された場合、出血源としての脳動脈瘤の診断を行う必要がある。脳動脈瘤の検出には多くの場合脳血管造影検査(digital subtraction angiography; DSA)が行われる。CTでの血腫の分布などから動脈瘤の存在部位が推定できる場合もあるが、多発性脳動脈瘤である可能性も考慮して全血管を検査する必要がある。ただし、初回DSAでの出血源同定率は60~80%とされており、出血源が同定できなかった場合には再度DSAなどの検査を反復し、動脈瘤の有無を再検する必要がある。なお、くも膜下出血患者のDSAにおける神経学的合併症は1.8%程度であるが、くも膜下出血発症後6時間以内のDSA中の再破裂率は4.8%との報告があり、この時点での再出血は予後不良との報告がある。
- 脳血管造影(DSA):<図表>
- また、3次元CTアンギオグラフィー(3D-CTA)による動脈瘤の診断も普及してきている。最近の多列検出器型CT(multi-detector CT; MDCT )を用いた3D-CTAでは脳動脈瘤の80~90%以上を診断できるといわれ、脳動脈瘤周囲の血管の立体的構成の把握に適している。特に最近では3D-CTアンギオグラフィーによる脳動脈瘤の検出能はDSAとほぼ同等であるとの報告や、外科手術を行ううえでの情報がDSAより勝っているとの報告もある。問題として微小な動脈瘤の診断能、撮影条件や画像再構成による画質の変化が指摘されているものの、脳血管造影に比して低侵襲であり短時間で行えることから今後さらに普及すると考えられる。
- 3次元CTアンギオグラフィー(3D-CTA):<図表>
- MRアンギオグラフィー(MRA)は、高い検出率に加えて低侵襲であるため脳ドックにおけるスクリーニングとして汎用されている。しかし、3D-CTアンギオグラフィーに比べやや劣る診断能とされ、手術に関する情報に欠けることや、異なる医師による診断一致率もDSAに劣るため、まず優先される検査とはいえない。
重症度評価: >詳細情報
- くも膜下出血患者の予後は発症時の重症度により大きく左右される。したがってくも膜下出血と診断された場合には臨床的重症度を判定する必要がある。臨床的重症度の分類法にはHunt and Hess の分類、Hunt and Kosnikの分類および世界脳神経外科連合(World Federation of Neurosurgical Societies; WFNS)による分類がよく用いられる。WFNS分類には別途Glasgow coma scale(GCS)により意識レベルを評価し、その点数(GCSスコア)を用いる必要がある。最近では患者の治療成績に基づいた新分類も提唱されているが一般的にはなっていない。 臨床的重症度は転帰に強く関連し、一般にグレードが高いほど予後不良である。
- また、治療開始前の臨床的重症度は治療方針を決定する際の重要な因子である。くも膜下出血の診療においては脳動脈瘤の再破裂予防がきわめて重要であり、再出血予防処置としては外科的治療(開頭クリッピング術など)あるいは血管内治療(瘤内塞栓術など)が行われる。いずれの治療法においても急性期の適応決定は、臨床的重症度に、年齢、合併症、再出血予防処置の難易度などの要素を加えて総合的に判断される。
- Hunt and Hessの重症度分類(1968):<図表>
- Hunt and Kosnikの重症度分類(1974):<図表>
- 世界脳神経外科連合(WFNS)による重症度分類(1983):<図表>
予後: >詳細情報
- くも膜下出血の死亡率は10~67%と報告されおり、とくに大量の脳室内出血や脳内血腫を合併した例では死亡率が高い。各報告による差は患者構成の相違によると考えられる。海外ではくも膜下出血患者の約40%は予後不良であり、また、専門施設での治療を受けていない例が約20%に達するとの報告もある。眼底出血はくも膜下出血患者の20%弱にみられ、これらの症例では重症度も有意に高いことが指摘されている。長期成績の検討では、くも膜下出血患者は破裂脳動脈瘤の治療が順調に行われた以降の死亡例も多く、脳血管疾患や心血管疾患がその原因であったと報告されている。
- 経過中に予後を悪化させる因子としては、再出血と遅発性脳血管攣縮が重要である。とくに再出血は高率に予後を悪化させ、初回出血重症例と再出血例で予後不良例の3分の2を占めるとされている。したがって再出血予防はくも膜下出血診療において最も重要である。その他、予後に影響を与える因子としては高齢、高血圧症、脳血管障害の既往、動脈硬化症、アルコール摂取などが挙げられる。また、発症1週間以内に内科的合併症(特に呼吸器合併症)を発症する頻度も高く、これらが死につながることも多いため合併症対策も重要な課題である。
治療: >詳細情報
- ポイント:
- くも膜下出血の初期治療の目的は再出血の予防と頭蓋内圧の管理および全身状態の改善である。重症例では必要な救命処置や呼吸と循環の管理をまず行う。
- 頭蓋内圧の管理および全身状態の改善:
- 重症例では必要な救命処置や呼吸と循環の管理をまず行う。
- 十分な鎮痛、鎮静と積極的な降圧が必要である(160mmHg以下を推奨)。ただし、不用意な降圧は頭蓋内圧が亢進している場合には脳潅流圧低下による脳虚血を来す恐れがあるため注意が必要である。
- 重症例においては、脳潅流圧を保ち、脳循環を維持することが重要である。頭蓋内圧亢進を呈する場合には高浸透圧利尿薬を投与し、頭蓋内圧亢進の原因として脳内血腫や急性水頭症がある場合には、血腫除去術や脳室ドレナージ術を考慮する。
- トラネキサム酸などの抗線溶薬は再出血を減少させる反面、脳虚血合併症を増加させることが報告されており、常時使用することは勧められない。しかし、外科的破裂予防処置までの短時間の投与であれば脳虚血合併症を増加させることなく再出血を減少させられるとの報告もあり、症例に応じて投与を考慮する。
- 痙攣は再出血の原因となり得るため、痙攣を認めた場合には抗痙攣薬を投与する。痙攣発作のない患者に対する抗痙攣薬の予防投与については有用性が明らかではない。
- 急性期に合併する全身病態として重要なものは、交感神経系緊張による心肺合併症である。しばしば心電図異常がみられ、多くの場合自然軽快するが、致死的不整脈を引き起こす可能性もある。また、たこつぼ型心筋症などにより心機能不全を来す場合もあり注意が必要である。重症例では神経原性肺水腫も合併しやすく、人工呼吸器による呼吸管理を要することもある。
- 再出血の予防: >詳細情報
- 再出血はくも膜下出血における最大の予後不良因子であり、発症早期、特に発症24時間以内に多いとされる。したがって、初期治療の最大の目的は再出血の予防にある。
- 破裂脳動脈瘤を保存的に治療すると、最初の1カ月で20~30%が再出血し転帰を悪化させるため、再出血の予防はきわめて重要である。再出血予防処置としては、開頭によるクリッピング術などの外科的治療と、開頭を要しない瘤内塞栓術などの血管内治療がある。これらの再出血予防処置を行うにあたっては、前述の臨床重症度(WFNS分類、Hunt and Hess分類、Hunt and Kosnik分類)、脳動脈瘤の部位や形状、治療の難度、年齢、合併症などを総合的に判断して治療方針をたてる。
- 臨床重症度分類で重症でない例(重症度分類のgradeⅠ~Ⅲ)では、年齢や合併症の制限がない限り早期(発症72時間以内)に再出血予防処置を行う。
- 比較的重症例(重症度分類のgradeⅣ)では、患者の年齢、動脈瘤の部位などを考え、再出血予防処置の適応の有無を判断する。
- 最重症例(重症度分類のgradeⅤ)では、急性期の再出血予防処置の適応は乏しいとされる。しかし、重症例(重症度分類のgrade Ⅳ、Ⅴ)では急性期の再出血が軽症例より明らかに多いことから、重症例でも急性期の手術を勧める意見もある。また、くも膜下出血発症直後に重度の意識障害を認めた場合でも短時間で回復することがあるため、重傷度の評価と治療の適応については慎重な判断が必要である。
- 再出血予防処置の適応がない場合には、原則として保存的治療を行う。保存的治療中に状態の改善がみられた場合には、再出血予防処置を考慮する。
- 前述のとおり破裂脳動脈瘤の再出血予防処置としては、外科的治療もしくは血管内治療のいずれかを行う。従来わが国における再出血予防処置の多くは外科的治療であったが、近年では血管内治療が増加している。近年の両者を比較した欧米における大規模試験では、外科的治療と血管内治療のいずれも可能とされた破裂脳動脈瘤患者における治療後1年での無障害生存率は、血管内治療群で有意に高かった。したがって血管内治療が可能と判断された場合には、再出血予防処置として血管内治療も考慮する必要がある。しかし、長期成績では有意な差がみられなかったとする報告や、血管内治療のほうがやや再出血が多かったとする報告もあり、実際には症例ごとに外科治療と血管内治療それぞれの専門的見地から、患者および動脈瘤の所見を総合的に判断し治療法を決定することが必要である。
遅発性脳血管攣縮:
- くも膜下出血後遅発性脳血管攣縮は、くも膜下出血後第4~14病日にウイリス動脈輪を中心とした脳主幹動脈に生じる遅発性かつ可逆的な血管狭窄である。多くは2~4週間持続した後に徐々に回復する。脳血管攣縮により遅発性の虚血性神経症状を呈すると、攣縮が改善しても脳梗塞による神経脱落症状を遺残することも少なくない。管理上重要なことは予防と早期診断・治療である。
- くも膜下出血後遅発性脳血管攣縮:<図表>
- 遅発性脳血管攣縮の診断:
- 早期診断には、発症時の血腫量やその分布を把握し、意識レベルや出現し得る神経学的所見を頻回に確認する必要がある。ヘマトクリット値、電解質、血清脳ナトリウム利尿ペプチド(BNP値)、血圧、体温などの血液学的・理学的所見も脳血管攣縮の病態把握に有用である。
- 脳血管攣縮診断における非侵襲的補助検査としては、経頭蓋的ドプラー検査(Transcranial Doppler sonography; TCD)が有用である。発症後早期から連日中大脳動脈水平部の血流速度を測定し、平均血流速度が120~150cm/秒以上の場合、あるいは1日に50cm/秒以上の増加があった場合、高度の脳血管攣縮の発生が示唆される。脳血管攣縮の確定診断は脳血管造影によって行われる。
- 遅発性脳血管攣縮に対する治療:
- 再出血予防処置が終了した後には、早期より遅発性脳血管攣縮に対する治療を行う。 >詳細情報
- 脳血管攣縮の重症度とクモ膜下腔の血腫量の間には相関があると考えられており、早期開頭術では可及的な血腫の洗浄・除去や、脳槽ドレナージによる血腫の排出が考慮される。血管内治療を行った場合もスパイナルドレナージにて積極的に血腫の排除を行うことが勧められる。
- 全身薬物治療としては、Rhoキナーゼ阻害薬である塩酸ファスジルの静脈内投与や、トロンボキサンA2合成酵素阻害薬であるオザグレルナトリウム投与を行う。いずれも再出血予防処置後早期に開始し2週間継続する。頭蓋内出血などの合併症に注意が必要である。シロスタゾールの経口投与を考慮してもよい。海外ではカルシウム拮抗薬であるニモジピンの有効性が報告されているが、わが国では未承認である。わが国で発売されている他のカルシウム拮抗薬(塩酸ニカルジピンなど)では明らかな有効性は示されていない。エンドセリン受容体拮抗薬であるクラゾセンタンの有用性も報告されているが、わが国では未承認(治験中)である。その他、プラバスタチン、シンバスタチン、エダラボンなどの有効性の報告もあるがコンセンサスは得られていない。
- 全身循環改善療法としては、以前は循環血液量増加(hypervolemia)・血液希釈(hemodilution)・人為的高血圧(hypertension)療法からなるtriple H療法が有効とされてきた。しかし、本法は自己調節能が破綻した攣縮血管における脳循環の改善には有用であるが、脳血管攣縮の発生自体を予防する効果は低いとされ、また、輸液負荷による心不全や肺水腫のリスクもあることから、現在では脳血管攣縮の予防治療としては勧められない。ただし脳血管攣縮発生時には、攣縮血管の灌流領域における血流改善の目的で行うことを考慮してもよいと思われる。他に、循環血液量は正常に保ったまま(normovolemia)心機能を増強させることにより脳循環を維持しようとするhyperdynamic 療法が行われる場合もある。循環管理についての明確な指針は存在しないが、少なくとも循環血液量低下(hypovolemia)を回避する必要があると考えられる。
- 内科的治療で対処困難な場合には血管内治療を考慮する。脳血管攣縮に対する血管内治療としては、血管拡張剤の選択的動注療法と経皮的血管形成術(PTA)がある。塩酸パパベリンの動注療法は、攣縮血管の拡張に有効であるが、効果時間が短いため繰り返し行う必要があることが指摘されている。最近では塩酸ファスジルの動注(適用外使用)が多く行われるようになってきており、有効との報告がある。塩酸ファスジル動注の際には痙攣に注意が必要である。PTAは、機械的血管拡張により、脳血流および臨床症状の改善が期待できる。塩酸パパベリン動注療法との比較では、PTAがより効果的かつ持続的と報告されているが、血管解離などの合併症の危険性もあり慎重に行う必要がある。
専門医相談のタイミング: >詳細情報
- くも膜下出血の急性期治療には高い専門性が要求されるため、速やかに専門施設に紹介・搬送する必要がある。
- 転送に際しては、再出血予防のため十分な鎮痛、鎮静、降圧を行い、場合によっては抗線溶療法や抗痙攣薬の投与も行う。
- くも膜下出血の診断が確定していなくても、症状などからくも膜下出血が疑われる場合には、専門施設への紹介・搬送を考慮すべきである。
臨床のポイント:
- 今までに経験したことのない激しい頭痛が突然起こったらくも膜下出血を疑う必要がある。
- くも膜下出血が疑われた場合には、直ちに頭部CT検査を行う必要がある。
- くも膜下出血と診断したら、直ちに脳神経外科医にコンサルトする。
- くも膜下出血の初期診療で最も重要なことは再出血の予防である。
- 再出血予防処置としてはクリッピング術などの外科治療とコイル塞栓術などの血管内治療がある。
■診断のための検査
■
診断のための検査
- くも膜下出血は多くの場合「突然起こった今までに経験したことのない激しい頭痛」で発症する。
- 突然の頭痛に加えて、比較的若く、局所神経症状を欠く場合にはくも膜下出血が強く疑われる。
- 頭部CTでのくも膜下出血の診断率は発症後24時間以内であれば90%以上であるが、時間の経過とともに低下する。
- 頭部CTが陰性でも症状から疑われる場合には、腰椎穿刺を行い脳脊髄液の性状を確認する必要がある。頭部CTでくも膜下出血と診断された場合には腰椎穿刺は行わない。
- 微小な出血や亜急性期・慢性期の診断においてはMRIも有用である。
○ くも膜下出血を疑った場合1)を考慮する。CTにて出血を認めない場合は2)3)を考慮する。
1) |
頭部CT
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2) |
髄液検査(外観、初圧、細胞数、糖、蛋白)
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3) |
頭部MRI
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■初診時全身評価例
■
初診時全身評価例
- くも膜下出血と診断された場合は、鎮静・鎮痛・降圧後、CT angiographyや脳血管造影検査で出血源を検索する。
- また、くも膜下出血は脳だけではなく心・肺を含めた全身臓器にも強い影響を与える。
- そのため、血液検査や心電図、胸部X線検査などでも種々の異常が認められることがあり、それらに対する治療も初期治療として重要である。
○ 初診時の検査として、下記を病態に合わせて適宜行う。
■初期治療(鎮静・鎮痛・降圧)例
■
初期治療(鎮静・鎮痛・降圧)例
- 診断後は、十分な鎮静・鎮痛・降圧を行い、再出血を予防する必要がある。
- 筆者らの施設では、確定診断後速やかにプロポフォール、ニカルジピン、ブプレノルフィン投与下に気管挿管を行い、厳重な鎮静および呼吸循環管理を開始することで再出血を予防している。
- 引き続き、頭部CT angiographyや脳血管造影検査を行い、出血源となる動脈瘤を確認した後に、脳動脈瘤頚部クリッピング術や瘤内コイル塞栓術などの再出血予防処置を行う。
- 脳動脈瘤頚部クリッピング術の手術顕微鏡画像:<図表>
○ 診断後、下記を症状・病態に合わせて適宜用いる。
1) |
ペルジピン注射液[2mg] 10~30μg/kgを静脈内投与し目的値まで降圧、その後0.5μg/kg/分から持続静注を開始し、0.5~6μg/kg/分で維持 [くも膜下出血は適用外/他適用用量内/㊜高血圧性緊急症](編集部注:想定する適用病名「くも膜下出血」/2015年11月)
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2) |
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3) |
レペタン注[0.2mg] 1アンプル 静注 [くも膜下出血は適用外/他適用用量内/㊜術後疼痛]
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4) |
ガスター注射液[20mg] 1アンプル 静注 [くも膜下出血は適用外/他適用用量内/㊜出血性胃潰瘍]
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■遅発性脳血管攣縮予防例
■
遅発性脳血管攣縮予防例
- くも膜下出血においては、発症後2週間を急性期と呼ぶことが多い。この間には遅発性脳血管攣縮が発生する可能性があり、再出血予防処置が終了していたとしても安心はできない。
- 遅発性脳血管攣縮は、くも膜下出血発症後4~14日に発生する脳主幹動脈内腔の狭小化である。
- 脳血管攣縮予防のためには、抗攣縮薬(塩酸ファスジル)や抗血小板薬(オザグレルNa)などが投与される。
○ 遅発性脳血管攣縮目的で、下記の薬剤を適宜用いる。
1) |
エリル点滴静注液30mg[30.8mg2mL](塩酸ファスジル) 1回30mg 1日3回 30分間で点滴静注 [適用内/用量内/㊜くも膜下出血](編集部注:想定する適用病名「くも膜下出血」/2015年11月)
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2) |
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3) |
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薬剤監修について:
オーダー内の薬剤用量は日本医科大学付属病院 薬剤部 部長 片山志郎 以下、林太祐、渡邉裕次、井ノ口岳洋、梅田将光による疑義照会のプロセスを実施、疑義照会の対象については著者の方による再確認を実施しております。
オーダー内の薬剤用量は日本医科大学付属病院 薬剤部 部長 片山志郎 以下、林太祐、渡邉裕次、井ノ口岳洋、梅田将光による疑義照会のプロセスを実施、疑義照会の対象については著者の方による再確認を実施しております。
※薬剤中分類、用法、同効薬、診療報酬は、エルゼビアが独自に作成した薬剤情報であり、
著者により作成された情報ではありません。
尚、用法は添付文書より、同効薬は、薬剤師監修のもとで作成しております。
著者により作成された情報ではありません。
尚、用法は添付文書より、同効薬は、薬剤師監修のもとで作成しております。
※薬剤情報の(適外/適内/⽤量内/⽤量外/㊜)等の表記は、エルゼビアジャパン編集部によって記載日時にレセプトチェックソフトなどで確認し作成しております。ただし、これらの記載は、実際の保険適用の査定において保険適用及び保険適用外と判断されることを保証するものではありません。また、検査薬、輸液、血液製剤、全身麻酔薬、抗癌剤等の薬剤は保険適用の記載の一部を割愛させていただいています。
(詳細はこちらを参照)
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エルゼビアは医療の最前線にいらっしゃる
すべての医療従事者の皆様に敬意を表します。
人々の健康を守っていただき、ありがとうございます。
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