今日の臨床サポート 今日の臨床サポート

著者: 依田哲也 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 顎顔面外科学分野

監修: 近津大地 東京医科大学

著者校正/監修レビュー済:2024/05/29
参考ガイドライン:
  1. 日本顎関節学会顎関節症初期治療診療ガイドライン 2023 改訂版
  1. 日本歯科薬物療法学会:顎関節症の関節痛に対する消炎鎮痛薬診療ガイドライン
患者向け説明資料

改訂のポイント:
  1. 最新のガイドラインに従い修正した。
  1. 前回掲載されていた日本顎関節学会による顎関節症患者のための初期治療ガイドライン(1)(2)について推奨の強さと方向に関しては矛盾することはないと思われる。しかし、RDC/TMD(顎関節症)研究用診断基準)が普及する以前の研究を含めており、エビデンスの確実性(質)が異なる。そのため日本顎関節学会の委員会は、システマティックレビューを行い、既存の初期治療診療ガイドライン(1)(2)の替わりに新しいガイドラインを公表した。

概要・推奨   

  1. 成人の顎関節症(筋痛または関節痛)に対する、初期治療(保存的治療・可逆的治療・非観血的治療)として、自己開口訓練およびスタビリゼーション口腔内装置装着を提案する(弱い推奨・エビデンスの確実性「非常に低」)。なお、保険適応外である低出力レーザー照射も、治療費が高額ではない場合は提案する(弱い推奨・エビデンスの確実性「非常に低」)[1]
  1. 顎関節症患者において、症状改善を目的とした咬合調整は行わないことを推奨する(推奨度 GRADE 1D:強い推奨/“非常に低”の質のエビデンス)[2]
  1. 顎関節症の関節痛を有する患者に対して消炎鎮痛薬は有効である(推奨の程度:弱いが推奨する)[3]

病態・疫学・診察 

疾患情報(疫学・病態)  
  1. 顎関節症の定義は「顎関節や咀嚼筋の疼痛、関節雑音、開口障害あるいは顎運動異常を主要症候とする障害の包括的診断名である。その病態は咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、関節円板障害、変形性顎関節症である」である[4]
  1. Ⅰ型からⅣ型に病態分類される。
  1. Ⅰ型は咀嚼筋痛障害で、顎運動時、機能運動時、あるいは非機能運動時に惹起される咀嚼筋の疼痛に関連する障害で、その疼痛は咀嚼筋の誘発テストで再現される。
  1. Ⅱ型は顎関節痛障害で、顎運動時、機能運動時、あるいは非機能運動時に惹起される顎関節の疼痛に関連する障害で、その疼痛は顎関節の誘発テストで再現される。
 
関節包と筋

①:外側靱帯、①+②:関節包、③:咬筋、④:側頭筋
⑤:顎二腹筋、⑥:胸鎖乳突筋
顎関節痛障害(Ⅱ型)は①+②に運動痛がある。

出典

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  1. Ⅲ型は顎関節円板障害で、下顎頭-円板複合体を含むバイオメカニカルな顎関節内部障害である(<図表><図表>)。Ⅲa型とⅢb型に分類され、Ⅲa型は閉口位において関節円板は下顎頭の前方に位置し、開口に伴い復位する。関節円板の内方あるいは外方転位を伴う場合がある。円板復位に伴ってクリック音が生じることが多い(<図表>)、Ⅲb型は閉口位において関節円板は下顎頭の前方に位置し、開口時にも復位しない。関節円板の内方あるいは外方転位を伴う場合がある、クローズドロックといわれる開口制限を呈する。<図表>
 
正常ヒト顎関節矢状断像

(トルイジンブルー染色)
A:前方肥厚部 M:中央狭窄部 P:後方肥厚部
R:円板後部組織 C:下顎頭 T:関節結節

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正常な関節円板の開口時の動き

咬頭嵌合位(中央上)で下顎頭の前上方に位置する関節円板が開口時に下顎頭とともに前方に移動する

出典

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復位性円板前方転位

咬頭嵌合位(中央上)で関節円板は下顎頭の前方に転位している。開口時に下顎頭上に復位する(右から中央下)。その際に関節円板と下顎頭が擦れてクリック音が発生する。閉口時に再び関節円板が転位する際にもクリック音が生じる

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非復位性円板前方転位

咬頭嵌合位(中央上)で関節円板は下顎頭の前方に転位している。最大開口位置(中央下)でも下顎頭上に復位しない。そのため下顎頭の前方滑走が制限される。

出典

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  1. Ⅳ型は変形性顎関節症で、下顎頭と下顎窩・関節隆起の軟骨・骨変化を伴う顎関節組織の破壊を特徴とする退行性関節障害である。<図表>
 
  1. 典型的症例集:咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)
  1. 病歴:3カ月前より夕方に軽い疼痛を耳前部に自覚
  1. 診察:無痛最大開口域:42㎜
    自力最大開口域:46㎜
    他動最大開口域:46㎜
    関節雑音なし
    右側咬筋部に開口時痛と圧痛あり
    起床時はあまり感じないが、夕方になると同部に開口時痛を自覚
  1. 診断のためのテストとその結果:X線写真で下顎頭変形なし
  1. 治療:大開口訓練
  1. 転帰:2週間で改善
  1. 追記:まず、心配する病気でないことを説明し、安心してもらうことが重要で、あとは疼痛のマネージメントとして血行の悪い筋の伸展で十分である。起床時には症状がないので、就寝中のオーラルアプライアンス療法は効果が期待できない。
    咬合調整や智歯の抜歯などの治療はまったく必要ない。
 
典型的症例集:咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)

パノラマX線写真:両側下顎頭に変形はみられない。

出典

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  1. 典型的症例集:咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)
  1. 病歴:2年前より起床時に顎がだるいことを自覚
    近医歯科で噛み合わせが原因といわれた
  1. 診察:無痛最大開口域:15㎜
    自力最大開口域:50㎜
    他動最大開口域:50㎜
    関節雑音なし
    両側咬筋部に開口時痛と圧痛あり
  1. 診断のためのテストとその結果:X線写真で下顎頭変形なし
  1. 治療:スタビリゼーション口腔内装置(<図表>)
  1. 転帰:3週で改善
  1. 追記:起床時のみに筋痛がある症例は、就寝中の歯ぎしりによる筋疲労であることが多い。この場合、歯ぎしりをまったくしないようにすることは困難であり、咬合調整をしても無駄なことが多い。
    本症例は「歯ぎしり」病名と「顎関節症」病名のどちらにもなり得るような疾患だが、部位の特定できる筋痛があるので顎関節症と矛盾はしない。
 
典型的症例集:咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)

スタビリゼーション口腔内装置
a:装着時  b:咬合面観

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  1. 典型的症例集:顎関節痛障害(Ⅱ型)
  1. 病歴:3週間前、起床時に大開口した際、左側耳前部に痛みを感じる
    2日前、近医外科受診、歯科または口腔外科を勧められた
  1. 診察:無痛最大開口域:15㎜
    自力最大開口域:43㎜
    他動最大開口域:43㎜
    関節雑音なし
    右側顎関節部に開口時痛と咬合時痛あり(<図表>、疼痛部位、指さしで確認)
  1. 診断のためのテストとその結果:X線写真で下顎頭変形なし
  1. 治療:ロキソニン 3錠 分3 9日分
  1. 転帰:9日で改善
  1. 追記:顎関節痛障害(Ⅱ型)では、本症例のような経過をとることがもっと多い。関節包、靭帯の外傷性炎症なので、安静にしていれば自然に治癒することもあるが、咀嚼や会話のためになかなか安静が保てずに長引いてしまう。消炎鎮痛剤は有用である。
    起床時に疼痛を初めて自覚する症例が最も多い。このような場合は、かみしめなどの様な就寝中の顎運動による内在性外傷に起因すると推定する。
    言うまでもないが、咬合調整は全く必要ない。
 
典型的症例集:顎関節痛障害(Ⅱ型)

疼痛部位を指で確認。左側顎関節部を示している。

出典

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  1. 典型的症例集:復位性関節円板障害(Ⅲa型)
  1. 病歴:4カ月前、左側にクリック自覚するも放置
    1カ月前から起床時や食事時にひっかかり感が強くなった
  1. 診察:無痛自力最大開口域:53㎜
    左側開閉口時クリックあり 前方位からの開閉口で消失
  1. 診断のためのテストとその結果:X線写真で下顎頭変形なし
  1. 治療:円板整位運動療法
  1. 転帰:7週間でクリック消失。円板位置正常
  1. 追記:成人に比べて若者は、運動療法を熱心に行わない傾向がある。いかにきちんと練習してもらえるかが成否のカギとなる。成長期には口腔内装置の使用はできるだけ避けたいので、長期に円板整位運動療法だけで経過をみることもある。
 
  1. 典型的症例集:非復位性関節円板障害(Ⅲb型)(急性ロック)
  1. 病歴:5年前、歯科治療中に大開口した。その当日から左クリック発現
    4カ月前、昼食時にクリック消失し開口制限自覚
    その翌日、整形外科受診。抗菌薬処方される
    その2日後、開口可能になりクリック発現
    その4日後、再度 開口制限
    その7日後、開口可能、クリック発現
    1カ月前、某病院口腔外科受診 智歯が原因の顎関節症といわれ抜歯するも不変
    2日前、開口制限
  1. 診察:無痛最大開口域:20mm
    自力最大開口域:25mm
    他動最大開口域:35mm
    関節雑音なし
    左下顎頭後部に開口時痛
  1. 診断のためのテストとその結果:X線写真で下顎頭変形なし MRI:円板前方転位
  1. 治療:マニピュレーション(徒手的整復術)
    前方整位型スプリント
  1. 転帰:開口制限消失。自力最大開口域:52㎜ クリックなし 疼痛なし
    円板位置正常
  1. 追記:受診前に顎関節症の治療として智歯抜歯を受けている。智歯を抜歯すれば顎関節症が治るという根拠はない。
    ロック期間が2日であったため、マニピュレーションテクニックで容易にロック解除できた。初診時に時間がなかったことと再ロックしても解除は可能であろうとの判断から、当日は口腔内装置をせずに終了した。次回来院日に開いていればそのままスプリントをセットし、ロックしていたら解除してからセットすることとした。再ロックしたがたまたま再来時には解除していたので、口腔内装置をセットした。しかし初診時に時間があれば当日に口腔内装置をセットしたほうがよい。
    その後は、円板整位運動療法の併用でクリックも完全に消失した。MRIで円板の整位は確認していないが、円板が転位しているか整位しているかは、開口しやすさがまったく違うので、患者自身も感覚で判断できる。円板整復をするべきではないという意見もあるが、このような症例をみると、整復できるものはしたほうがよいと断言できる。
 
典型的症例集:非復位性関節円板障害(Ⅲb型)(急性ロック)

a:MRI 関節円板が前方に転位 b:前方整位型口腔内装置

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  1. 典型的症例集:非復位性関節円板障害(Ⅲb型)(陳旧性ロック)
  1. 病歴:10年前、右側関節にクリック音を自覚
    5年前、右側関節部痛発現。近医歯科で口腔内装置治療するも無効 中断。
    その後シャリシャリ音発現
  1. 診察:自力最大開口域:35mm
    他動最大開口域:37mm
    右側顎関節に大開口時にシャリシャリというクレピタス音あり
    右咬筋に大開口時の痛みと、起床時の違和感、何かすっきりしない感じあり
  1. 診断のためのテストとその結果:MRI:円板前方転位
  1. 治療:下顎頭可動化訓練
  1. 転帰:4カ月後45㎜ 疼痛消失
  1. 追記:下顎頭可動化訓練を良好に実行できたために、順調に経過した。ほとんどの症例で45mm以上の開口がスムースになると、1カ月くらい遅れて疼痛が完全に消失する傾向にある。関節円板は転位したままである。骨形態変化もあるが、これは転位した関節円板に対する適応変化の結果であるので問題ない。
    本症例ではクレピタス音も消失したが、残存してしまう症例もある。この音をすぐに消失させるには手術しかないので、消失は困難であることを納得してもらう。
 
典型的症例集:非復位性関節円板障害(Ⅲb型)(陳旧性ロック)

a:MRIの閉口時 関節円板が前方に転位し、変形。 
b:開口時。関節円板が前方に転位したまま下顎頭は確定できている。

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著者のCOI(Conflicts of Interest)開示:
依田哲也 : 奨学(奨励)寄付など(公益財団法人小林育英会)[2025年]
監修:近津大地 : 特に申告事項無し[2025年]

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