今日の臨床サポート 今日の臨床サポート

著者: 小川郁 慶應義塾大学病院 耳鼻咽喉科

監修: 森山寛1) 東京慈恵会医科大学附属病院

監修: 小島博己2) 東京慈恵会医科大学 耳鼻咽喉科

著者校正/監修レビュー済:2022/06/08
参考ガイドライン:
  1. 一般社団法人日本聴覚医学会編:急性感音難聴 診療の手引き2018年版. 金原出版、2018年
患者向け説明資料

改訂のポイント:
  1. 急性感音難聴 診療の手引き2018年版の内容に合わせて改訂した。本サポートにおける推奨度とエビデンスレベルは急性感音難聴 診療の手引き2018年版のものとは異なるため注意が必要である。

概要・推奨   

  1. 急性感音難聴を来す疾患としては、本項で取り上げた突発性難聴、急性低音障害型感音難聴、外リンパ瘻の他にもメニエール病、音響外傷、ムンプス難聴などがある。急性感音難聴 診療の手引き2018年版ではこれらの疾患の診断の流れとしての診断フローチャートを示した。
  1. 突発性難聴診断の推奨グレードA(1)またはB(2)は「発症した時期・状況につて把握する」(A)、「めまいの有無および症状の反復の有無について確認する」(A)、「両側同時に発症する突発性難聴は極めて稀であるため、他の原因による難聴について検討する」(A)、「聴神経腫瘍に伴う難聴との鑑別のため、MRIによる検査を行う」(B)、「再現性のある自覚的検査所見が得られない場合には、他覚的聴力検査を実施する」(B)、急性低音障害型感音難聴やメニエール病の鑑別では「低音部に限定した難聴かどうかを確認する(B)、メニエール病では発作を繰り返すことが特徴で割るため、経過を観察し再発の有無を確認する」(B)。
  1. 突発性難聴診治療の推奨グレードAまたはBは「早期に治療を開始したほうが予後良好であり、早期治療を行う」(A)、「ステロイド全身投与後のサルベージ治療としてのステロイド鼓室内投与は優位に聴力を改善するため、その臨床的意義は必ずしも明確ではないが、行うことを推奨する」(B)となっているが、初期治療法としてはステロイド剤(本項における推奨度は2)を含めて推奨グレードB以上のものはない。

病態・疫学・診察 

疾患情報(疫学・病態)  
感音難聴:
  1. 感音難聴は聴覚のセンサーとして機能する内耳(蝸牛)の有毛細胞から大脳聴覚野に至る聴覚伝導路の障害によって生じるが、日常臨床で遭遇するものとしては蝸牛または蝸牛神経の障害による感音難聴が多い。これら感音難聴の多くではいまだ有効な治療法は確立されていないが、発症早期の突発性難聴をはじめとする急性感音難聴は完治し得る感音難聴であり、耳鼻咽喉科の日常臨床の最前線ではその鑑別診断は極めて重要である。
 
急性感音難聴の鑑別疾患;
  1. 急性感音難聴とはある日突然、または2~3日の間に生じる感音難聴の総称であり、その代表的疾患としては突発性難聴、急性低音障害型感音難聴、外リンパ瘻やメニエール病、音響外傷、ムンプス難聴などがある。
  1. 有効な治療法が確立されていない感音難聴のなかで、急性感音難聴は完治し得る数少ない感音難聴であり、耳鼻咽喉科臨床において決して見逃してはならない疾患である。
  1. これらの疾患では特に早期診断、治療が重要であるが、内耳病態の確定的な診断法がない現状では、急性感音難聴の鑑別診断は必ずしも容易ではなく、これらの疾患を常に念頭におき、各々の臨床像を十分に理解したうえで、その鑑別診断に臨む必要がある。
 
突発性難聴:
  1. 突発性難聴は突然の難聴、高度な感音難聴、原因が不明または不確実であるのが特徴である。したがって、原因の明らかな疾患を除外して診断される症候群ととらえるべきであるが、これまでの臨床的・基礎的研究から循環障害とウイルス感染が最も有力な病因として支持されている。
  1. 循環障害としては血栓、塞栓、出血、血管攣縮、スラッジ(血液沈殿物による粘稠化)などが挙げられているが、突発性難聴の多くは循環障害を生じるような背景因子のない健康者であり、血栓、塞栓、出血などを一次的な病因とするのには問題がある。また、突発性難聴が働き盛りの中年層に多くみられることから、ストレスや過労などの心身的背景により血管攣縮やスラッジが生じるとする説は説得力があるが、突発性難聴が通常は再発しないという事実を説明するには難がある。しかし、突発性難聴と脳血管障害との関連についての台湾での大規模なコホート研究では突発性難聴罹患例では5年後に有意に高い12.7%が脳卒中に罹患しており、突発性難聴の病因を循環障害とする説を裏付けるデータといえる。
  1. 一方、ムンプスで一側の高度難聴を来すことは良く知られており(ムンプス難聴)、突発性難聴発症時に感冒に罹感していた症例も多いことからウイルス感染説も有力であるが、原因となるウイルスを特定するまでには至っていない。また、突発性難聴の側頭骨病理所見から循環障害やウイルス感染による変化とは異なる外有毛細胞および支持細胞の浮腫および空胞形成を伴う腫脹が認められ、細胞内ストレス制御機構の異常亢進が突発性難聴の病態であるとする新しい説が提唱されており、突発性難聴の新しい病態としてさらに検討する必要がある。
 
急性低音障害型感音難聴:
  1. 急性低音障害型感音難聴も原因不明であるが、ストレスが発症の誘因になること、急性に耳症状(耳閉塞感、耳鳴、難聴など)が発症し、難聴は低音障害型難聴であり、めまいは伴わない、症状を反復しやすいこと、比較的難聴の予後が良好なことなどが特徴である。また、メニエール病と同様にグリセロールテストに反応することが多いことから、内リンパ水腫がその病態の1つである可能性も考えられている。
  1. 急性低音障害型感音難聴と鑑別診断上問題となるのはメニエール病、特にめまいを伴わない蝸牛型メニエール病の初期と低音障害型の突発性難聴であるが、蝸牛型メニエール病と急性低音障害型感音難聴は同一疾患とも考えられる。
 
外リンパ瘻:
  1. 外リンパ瘻は内耳外リンパが前庭窓または蝸牛窓の穿孔から中耳腔に流出するもので、特に原因の明確ではない特発性外リンパ瘻は近年注目されている。前庭・蝸牛窓の穿孔が生じる機序として、髄液圧の上昇が外リンパに伝わり内耳窓を中耳腔側へ押し破る外方爆発経路(explosive route)と鼻咽腔圧の上昇が経耳管的に鼓室に伝わり、鼓室圧の上昇が内耳窓を外リンパ側へ押し破る内方爆発経路(implosive route)がある。
  1. 髄液圧、鼓室圧の急激な変動を起こすような誘因としては、潜水、飛行機の上昇・下降時、重いものの運搬などが挙げられるが、排便時の力み・鼻かみ・咳・くしゃみなどの日常的動作も外リンパ瘻の誘因となることがあり、発症時の状況に関して詳細に問診する必要がある。このように日常的動作でも発症する背景には蝸牛導水管や内耳窓の解剖学的異常などの個人的素因の関与も考えられている。
  1. 聴力検査ではさまざまな聴力像を呈するが、瘻孔症状検査により瘻孔症状が誘発されれば外リンパ瘻を疑う。確実例は手術(鼓室開放術)または内視鏡検査により蝸牛窓、前庭窓のいずれか、または両者の瘻孔を確認できたもの、中耳洗浄液でcochlin tomoprotein (CTP)が検出されたものである。
問診・診察のポイント  
 
問診:
  1. 難聴の有無:高音障害型の突発性難聴や急性低音障害型感音難聴では難聴の訴えがなく、耳鳴や耳閉塞感のみのこともある。難聴がないことで急性感音難聴が除外できるわけではない。
  1. 難聴発症の経緯:突発性難聴では心身のストレス状況が関与していることが多く、感冒罹患との関係も確認する必要がある。急性低音障害型感音難聴も心身のストレス状況を問診する必要がある。飛行機搭乗や潜水など圧負荷後に発症する場合はリンパ瘻を疑うが、リンパ瘻の中にはくしゃみや咳、トイレでのいきみや重いものを持つという動作が誘因になることもあり、問診で確認すべき重要な項目である。
  1. 耳鳴の有無:急性感音難聴では耳鳴を訴えることが多く、特に外リンパ瘻では「水の流れるような耳鳴」が特徴である。
  1. 耳閉塞感の有無:急性感音難聴の中でも特に急性低音障害型感音難聴は耳閉塞感を訴えることが多い。
  1. めまいの有無とその性状:突発性難聴の約半数が回転性めまいを訴える。外リンパ瘻では回転性めまいのこともあるが、浮動性めまいや平衡障害を訴えることも多い。急性低音障害型感音難聴はめまいがないのが特徴であるが、詳細な問診で発症時の軽いめまい感や浮動性めまいが合併することも多く、反復すると回転性めまいが生じ、メニエール病に移行することがある。
 
診察:
  1. 鼓膜所見:鼓膜所見は正常であるが、中耳疾患の鑑別のため必ず確認する。
  1. ティンパノグラム:鼓膜所見だけで中耳疾患が鑑別できない場合はティンパノグラムで確認する。
  1. オージオグラム:感音難聴が基本である。突発性難聴では難聴の程度は軽度から聾の高度までさまざまであり、聴力像も低音障害型から高音障害型、水平型まで多彩である。ただし、近年、隣接する3周波数で30dB以上の難聴という国際的にも用いられている診断基準で規定されていることに注意する必要がある.急性低音障害型感音難聴は文字通り低音部だけの難聴であり、低音域3周波数(125Hz、250Hz、500Hz)の聴力レベルの合計が70dB以上、高音域3周波数(2,000Hz、4,000Hz、8,000Hz)の聴力レベルの合計が60dB以下という診断基準がある。高音域3周波数が対側と同程度の場合は準確実例として扱う。外リンパ瘻の難聴は多彩であり、聴力像のみで診断することは困難である。
  1. 眼振検査:急性感音難聴では同側の三半規管・前庭障害を合併することが多く、その場合は健側向きの自発眼振や頭振眼振が観察されることがある。外リンパ瘻では瘻孔症状検査を行い、患側の外耳道加圧で眼振やめまいが誘発されれば診断はほぼ確実である。
  1. 重心動揺検査:立ち直り反射検査で検出が困難な平衡障害が検出されることもあり、特に外リンパ瘻の診断に寄与することが多い。
  1. 画像検査:急性感音難聴では聴神経腫瘍などの小脳橋角部腫瘍の鑑別が不可欠である。治療開始後でもMRIで鑑別診断を行うべきである.最近のMRIの精度、撮影法から造影剤なしでも鑑別は可能である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
鑑別疾患表:

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薬剤監修について:
オーダー内の薬剤用量は日本医科大学付属病院 薬剤部 部長 伊勢雄也 以下、渡邉裕次、井ノ口岳洋、梅田将光および日本医科大学多摩永山病院 副薬剤部長 林太祐による疑義照会のプロセスを実施、疑義照会の対象については著者の方による再確認を実施しております。
※薬剤中分類、用法、同効薬、診療報酬は、エルゼビアが独自に作成した薬剤情報であり、 著者により作成された情報ではありません。
尚、用法は添付文書より、同効薬は、薬剤師監修のもとで作成しております。
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著者のCOI(Conflicts of Interest)開示:
小川郁 : 特に申告事項無し[2024年]
監修:森山寛 : 未申告[2024年]
監修:小島博己 : 特に申告事項無し[2024年]

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